
以下の逸話はアラン・カルデックの『霊との対話』からの抜粋です。降霊会でカルデックが自殺霊を呼びだして事情聴取を行っています。19世紀半ばのフランスでの話です。
7,8か月前から、ルイ・Gという靴職人が、ヴィクトリーヌ・Rという縫い子に言い寄っていた。そして、すでに結婚の告示がなされたことから分かるように、ごく近いうちに二人は結婚することになっていた。
事態がここまで進み、二人はもう結婚したも同然の気分になっていたし、また、節約の意味もあって、ルイは毎日、彼女のところに食事をしに来ていた。
ある日、いつものようにルイがヴィクトリーヌのところで食事をとっているときに、二人の間に些細なことから口論が持ち上がった。二人とも譲らず、ついにルイが怒って椅子から立ち上がり、「もう二度と来るものか!」と捨て台詞を吐いて出て行った。
翌日になると、それでもルイは謝りに来た。夜のあいだに頭を冷やしたのだ。しかし、すっかりかたくなになっていたヴィクトリーヌは、ルイが抗議しても、泣いても、絶望して見せても、頑としてはねつけた。何をしても説得に応じなかったのである。
仲たがいから数日たった。ルイは、ヴィクトリーヌの気持ちもそろそろ治まっただろうと思い、これが最後のつもりで彼女を説得しに行った。
彼女の家に着き、二人のあいだで決めていたやり方でドアを叩いた。しかし、ドアは開けられなかった。そこでルイは、ドア越しに、また新たに懇願し、新たに抗議した。だが、何をしても、すっかりかたくなになってしまったヴィクトリーヌは心を開かなかった。
「そうか、そんなに意地を張るなら、もういい。分かったよ。これでおしまいさ!永久にお別れだ。俺以上におまえを愛してくれる別の男を見つけるんだな!それじゃあな!」
それと同時に、ヴィクトリーヌは押し殺されたうめき声のようなものを聞いた。それから、ドアを激しくこするような音がして、その後、完全に静かになった。
ヴィクトリーヌは、ルイはドアの前で待つつもりなのだと思い、ルイがそこにいるかぎり、絶対に外には出まいと思った。
15分ほどしたとき、借家人の一人が明かりを持って踊り場を通りかかった。そして、びっくりした声を上げ、「誰か来てくれ!」と叫んだ。隣人たちが駆けつけ、ヴィクトリーヌもドアを開けて出ていったが、そこにルイが青ざめて倒れているのを見て恐怖の叫び声を上げた。
みんなが何とか助けようと試みたが、やがてそれが無駄であることを悟った。すでにルイはこときれていたのである。ナイフは心臓まで達していた。
1858年8月、パリ霊実在主義協会にて。
(アラン・カルデック)以下「カ」に省略
(聖ルイ(注1)の霊に対して)「ヴィクトリーヌは、図らずも恋人を死に至らしめることになったわけですが、彼女に責任はあるのでしょうか」
注1)カペー朝第9代の王、ルイ9世(在位1226~1270)。フランス歴代の王の中で最も信仰心が篤く、理想的な王とされている。地上時代の19世紀半ば、霊界において、アラン・カルデックの指導霊団を統括する立場にあった。
聖ルイ「あります。彼女はルイを愛していなかったからです」
カ「では、惨劇を避けるためだったら、嫌気のさした男とでも結婚しなければならなかったのでしょうか?」
聖ルイ「彼女はルイと別れられるよう、機会をずっとうかがっていたのですが、実は二人の関係が始まった時点からそうだったのです」
カ「ということは、『彼女はルイのことを愛してもいないのに、関係を続けた』ということですか?それでは、ルイを弄(もてあそ)んだことになり、そのためにルイは死んだのですか?」
聖ルイ「まさしくそのとおりです」
カ「彼女の責任は、この場合、彼女の過ちの度合いに比例して大きくなると思うのです。意図的にルイを死なせたという場合に比べれば、まだ責任は小さいのではないでしょうか?」
聖ルイ「それはまったく明らかです」
カ「『ヴィクトリーヌのかたくなさを前にして錯乱した結果、自殺した』ということですから、ルイの罪はそれほど深くないと思えるのですが?」
聖ルイ「そうですね。ルイの罪は、愛ゆえの自殺ですから、卑怯であるがゆえに人生から逃げようとして自殺したケースに比べれば、神の目からして、それほど罪深いものとはされないでしょう」