今は難しい状況なのだと感じた。
笑えば不謹慎。
泣けば甘え。
笑う事も泣く事も、
悪い事じゃないのにね。
姉と連絡取れた時、
あんたは大丈夫だった?と
逆に心配されていた。
正直、全然大丈夫じゃなかった。
姉は寒い中で寝てるのに、
私にはストーブも布団一式もある。
姉はろくに食事も摂れないのに、
私は三食おやつ付きで食べれる。
姉はお風呂に入れないのに、
私は湯舟に浸かる事までできる。
姉はテレビを見る事も出来ないのに、
私はテレビを見るのも嫌になる。
出来る事、出来ない事。
地震前と変わらぬ生活を送れているのに、食は細くなり体重は落ちて眠れなくなり気持ちは怒りへ向いていた。
そんな生活を、
誰が望むのだろう?
少なくとも私の姉は、
私の身まで案じていた。
そして、
同じように被災者となった人達の事。
さらに、
この地震関連の映像ばかり見る状況になった非被災者達の事までも、辛いだろうに…と。
被災者の方に不謹慎だから…
と言われている事の大半は、
非被災者が言っている事。
被災者となった身内や友人は、
半ば同情や憐れみ・皮肉ともとれるそれらの不謹慎と言われている物事を不謹慎だと思うだろうか?
私の姉は、
私が笑わない事を悲しんだ。
私が眠れない事を悲しんだ。
私が食べれない事を悲しんだ。
変わらない生活をおくれるはずの人間の生活まで変わった事が。
その原因が自分達が被災したからだという事が。
心配してくれるのは嬉しい。
でも、悲しんでばかりいられる事は悲しいと姉は言った。
泣く事、笑う事。
悲しむ事、楽しむ事。
バランスがとれてないと、ダメなんだ。
今は悲しみに塗れてる。
悲しみのぶんだけ、
笑わないといけない。
姉が、
『避難所でやっとパン貰えた!
でもさ、賞味期限3日過ぎてたさ(笑)
それでも何ともなかったし、食べれるだけでも有り難いわ(笑)』と話してきた。
「私なんて被災してないのに、
しかもコンビニだって営業してるのに期限切れのバナナロール食べたよ(笑)」
って言ったら、笑ってた。
『お互いお腹壊さなければ良いね(笑)
あんたのは生クリーム入ってるんだから危ないよ(笑)』
なんだか震災前の会話と同じノリで、姉も笑ってた。
姉との会話に気を使っていたが、姉は姉だった。
調子にのって、
YouTubeにupされてたうんちとオナラで原発説明の動画のURL送ってみた。
『何これウケる(笑)
息子が気に入ったみたいで、
もう3回見たわ
』って。
姉は変わらずに姉だった。
それなら私も変わらない。
例え不謹慎だと言われても。