1960年に東宝が製作した映画『ガス人間㐧1号』がNetflix作品としてリブートされる事がアナウンスされました。現時点ではタイトルは『ガス人間』とされています。
(オリジナル作品のタイトル表記に関しては、縦書表記では”㐧一号“、横書表記では“㐧1号”となっています)
主演は小栗旬。『ゴジラVSコング』『日本沈没 −希望のひと−』に続く、東宝特撮作品のリブートに出演です。共演は蒼井優。オリジナルの『ガス人間㐧1号』に準えば、小栗旬=水野(ガス人間)、蒼井優=春日藤千代、というキャスティングだと思われますが、小栗旬=岡本賢治 警部補の可能性も無いとは言い切れません。
日韓合作作品という事で、韓国映画『新感染 ファイナル・エクスプレス』のヨン・サンホが製作総指揮&脚本、日本映画『さがす』の片山慎三が監督を担当する旨がアナウンスされています。
『ガス人間㐧1号』は東宝の通称「変身人間シリーズ」の1本として製作されました。尤も当初は明確に「変身人間シリーズ」と銘打たれていた訳ではなく、便宜上その様に呼称されていただけでした。その為、シリーズとしてカウントされる作品も、時と場合と人によって違いがあります。
『美女と液体人間』1958年
『電送人間』1960年
『ガス人間㐧1号』1960年
この3本は確定ですが、更に……
『透明人間』1954年
『マタンゴ』1963年
……を加えて語られる事もあります。
『ガス人間㐧1号』のポスター表記では“「美女と液体人間」「電送人間」につづく空想科学映画第三弾!”とあります。
一方で「変身人間シリーズ」と銘打ち発売中の2枚組Blu-rayには『マタンゴ』を除く4作品が収録されています。
5本の作品に共通しているのは、科学の誤用で肉体が変異してしまった人間を描くという主題です。
この「変身人間シリーズ」は『透明人間』は別格として、企画の意図は“ジャンルの継ぎ合わせ”でした。
『ゴジラ』『空の大怪獣ラドン』『地球防衛軍』等のヒットで、特撮映画は東宝の人気ジャンルとなりました。しかし特撮場面の撮影は製作費が嵩む、何とか製作費を抑えつつ“特撮映画”の看板を掲げた作品を作る事が出来ないか……その答えとして生まれたのが、東宝が得意としていた犯罪アクション映画と特撮映画の繋ぎ合わせだったのです。
『透明人間』は『ゴジラ』公開の翌月に封切られた作品で、まだ特撮映画が東宝にとって人気ジャンルになる以前に製作された作品です。ただ内容は犯罪アクション映画となっており、後の「変身人間シリーズ」の雛形になりました。異なるのは『美女と液体人間』以降の変身人間が犯罪者や恐怖の対象であったのに対し、『透明人間』は犯罪組織と闘う善人であったという点です。
『マタンゴ』は他の4作品が現代(当時)の都会が主な舞台となるのに対し、隔絶された孤島が舞台となっている点が異なり、犯罪アクション映画ではなく、科学の誤用という主題より極限状況に追い込まれた人間の描写に重きが置かれています。
『ガス人間㐧1号』は「変身人間シリーズ」の中では質的にも尤も充実した内容になっています。ガストン・ルルー原作の小説『オペラ座の怪人』を下敷きとしたストーリーに、ガス人間という超科学的な存在と日本舞踊という和の趣きが奇跡的な融合を見せており、日本のSF映画の1つの方向性を示した作品と言っても過言ではありません。
しかし『ガス人間㐧1号』は興行的には上手くいきませんでした。
当初の東宝のランナップでは1960年12月11日~12月19日の上映作品が『ガス人間㐧1号』『金づくり太閤記』、1960年12月20日~12月24日の上映作品が『ガス人間㐧1号』『東海道籠抜け珍道中』の予定でしたが、実際には12月20日より『金づくり太閤記』『東海道籠抜け珍道中』が上映されており、『ガス人間㐧1号』は12月19日で上映を終了しています。
一方で、『THE HUMAN VAPOR』の英題で上映された海外では『ガス人間㐧1号』は好評を得ていた様です。海外版はガス人間=水野の告白から物語が始まる等、構成に改変があります。
ガス人間=水野を演じた土屋嘉男が海外旅行(カナダだったと記憶していますが……)に行かれた時の話ですが、特に予定も決めずレンタカーで気ままに移動し夕刻に辿り着いた街で宿を探す……という一人旅だったそうです。ある日の夕刻、辿り着いた街で見つけたホテルに宿泊しようとフロントを訪れると、フロント担当者が土屋嘉男の顔を見るなり「只今、支配人を呼んできます」と慌ててスッ飛んで行きました。暫くするとホテル支配人が現れ「ようこそ当ホテルへおいで下さいました。宿泊費は無用です。全てサービスさせて頂きます」と大歓迎。一体何が起きたのか?と土屋嘉男は思っていると、偶然その街に在る映画館で『ガス人間㐧1号』=『THE HUMAN VAPOR』が上映されており、大評判となっていたのです。
部屋に通された土屋嘉男がくつろいでいると、その街の名士が次々に部屋を訪ねて挨拶に来る、窓の外を見ると何処で話を聞きつけたのか、街の人達が本物のガス人間俳優を一目見ようホテル前に集まって来ている……といった具合のお祭り騒ぎになったという逸話があります。
更に後日、アメリカのとある脚本家が「ガス人間の続篇を是非やりたい」として『フランケンシュタイン対ガス人間』の企画を東宝に売り込みに来ます。(最初は土屋嘉男にシノプシスが送られて来たとの事)
その企画を受けて、関沢新一による検討用の脚本が執筆されました。アメリカとの合作という事もあってかヨーロッパや香港が舞台となる国際的スケールの内容でしたが、日本国内に於ける『ガス人間㐧1号』と後継作品の『マタンゴ』の興行的不発を受けて企画は幻となり、替わって『フランケンシュタイン対ゴジラ』の企画が立てられ、『フランケンシュタイン対地底怪獣』として結実します。
国内で『ガス人間㐧1号』の注目が集まるのは1960年代後半から1970年代にかけてのTV放映が切欠です。
更に、1970年代後半に起きた往年の特撮映画ブームの中での特集上映やオールナイトの上映会で『ガス人間㐧1号』は高い人気を誇る様になります。
プログラムピクチャー全盛期には数多くの作品の中に埋没してしまい見逃された作品が、後に機会を得て再評価される……その典型的な例でした。
(小堺一機がテレビのバラエティ番組で八千草薫と共演した際に、最初に話題にしたのが『ガス人間㐧1号』だったという……ファンだったのですね)
また宮内國郎による『ガス人間㐧1号』のBGMの一部が『ウルトラQ』『ウルトラマン』に流用されており、ウルトラ世代のファンにとっては『ガス人間㐧1号』の音楽はゴメスやペギラ、或いはジラースのBGMとしても知られる事になります。
2000年に劇場公開された映画『クロスファイア』は、宮部みゆき原作の小説を平成ガメラ3部作等で知られる金子修介が監督した作品ですが、劇中のあちこちに『ガス人間㐧1号』へのオマージュと思しき描写が盛り込まれており、東宝特撮ファン要注目の映画となっていました。(因みに本作は長澤まさみのデビュー作品)
2009年には舞台化もされており、東宝特撮ファンには人気の高い水野久美の出演が話題となりました。
1970年代には『美女と液体人間』『電送人間』『ガス人間㐧1号』がテレビ放映で高視聴率を獲得した事で「変身人間シリーズ」の復活が構想された事があり、『戦慄火焔人間』『透明人間(リメイク)』『植物人間』『透明人間 対 火焔人間』等の企画が挙がりましたが、残念ながら頓挫しています。今回の『ガス人間㐧1号』のリブートは、50年の時を越えた「変身人間シリーズ」復活の実現という事になります。
今回のNetflixによるリブート版は「8部作シリーズとして製作」とアナウンスされていますが、これは全8話から成るシリーズ作品という事でしょうか。映画『ガス人間㐧1号』の上映時間は91分ですから、今回のリブートではかなりのオリジナルの要素が加えられると思われます。案外『電送人間』が登場したり、幻の企画『フランケンシュタイン対ガス人間』のエピソードが盛り込まれたりする……かもしれません。
『ガス人間㐧1号』
1960年 日本
東宝
【出演】
三橋達也
八千草薫
土屋嘉男
佐多契子
伊藤久哉
田島義文
小杉義男
村上冬樹
左卜全
佐々木孝丸
【監督】
本多猪四郎
【特技監督】
円谷英二
【脚本】
木村武
【音楽】
宮内國郎
【製作】
田中友幸