現在、劇場公開中の映画『ハンガー・ゲーム0』。

アメリカの作家スーザン・コリンズが執筆したティーン向けの小説『ハンガー・ゲーム』シリーズが原作です。小説は2008年に第1作『ハンガー・ゲーム』が発表され、2009年『ハンガー・ゲーム2 燃え広がる炎』、2010年に『ハンガー・ゲーム3 マネシカケスの少女』が発表されました。


映画は2012年に『ハンガー・ゲーム』、2013年に『ハンガー・ゲーム2』、2014年に『ハンガー・ゲーム FINAL レジスタンス』、2015年に『ハンガー・ゲーム FINAL レボリューション』が製作されています。(シリーズ3&4作目は、小説『ハンガー・ゲーム マネシカケスの少女』を二部作として映画化)


そしてプリクエルとして小説『ハンガー・ゲーム0 少女は鳥のように歌い、ヘビとともに戦う』が2020年に発表され、それを映画化したのが『ハンガー・ゲーム0』です。(小説は長い邦題ですね。原題を直訳すると『ハンガー・ゲーム 鳴き鳥と蛇のバラード』ですが……)


邦題から察するに、ハンガー・ゲームが行われる事になった切欠と第1回大会が描かれる……かと思っていたのですが、実際には劇中で描かれるのは第10回大会(因みに『ハンガー・ゲーム』第1作目で描かれているのは第74回大会)であり、ゲームプレイヤーではなく指導官を主人公に据えた内容でした。その視点がプリクエルならではのもので興味深いのですが、その指導官の名前がコリオレーナス・スノー。あの独裁大統領の若き日の姿であり、彼が闇堕ちしていく様を描いた作品です。「人間が人間を喰らう紛争が起きる世界で、秩序を保つ為には国家の完全管理によるハンガー・ゲームが必要である」という確信を抱き、「雪は頂きに降る」の言葉と共に、自身が国家の頂点を目指すまでの物語です。(劇中に、“カットニス”“マネシカケス”の単語が出てくるのが意味深です)


アメリカでは小説シリーズはベストセラーとなり、映画シリーズも大ヒットしました。その為、ティーン向け小説及び映画化作品に注目が集まり、『ダイバージェント』シリーズ、『メイズ・ランナー』シリーズ等の後続作品が生まれました。

ところが日本では、『ハンガー・ゲーム』は大きな話題とはなりませんでした。それは何故かと言いますと、日本には既に『バトル・ロワイアル』が在ったからです。


『バトル・ロワイアル』は高見広春が1999年に発表した小説で、2000年に深作欣二 監督によって映画化されました。

小説の発売の経緯は……元々、この小説は「第5回日本ホラー小説大賞」に応募された作品でした。

「日本ホラー小説大賞」は角川書店(当時)とフジテレビが1994年に設立。“ホラー”という分野にスポットライトを当てた文学賞として注目されました。『リング』に代表される1990年代末のホラー小説&ホラー映画ブームは、この賞が切欠で起きています。(現在は「横溝正史ミステリ&ホラー大賞」に改められています)


「日本ホラー小説大賞」はハードルの高い文学賞としても知られており、第1回大賞は”該当作なし“という厳格さでした。

第2回大賞で、瀬名秀明の『パラサイト・イヴ』が大賞を受賞、後に映画化もされました。

第3回大賞は“該当作なし”、第4回大賞は貴志祐介の『黒い家』が大賞を受賞、やはり後に映画化されています。

その為か、「日本ホラー小説大賞は偶数回にしか大賞受賞作品が出ない」というジンクスが生まれました。(尚、このジンクスは第14回大賞が“該当作なし”となった事で破られました)

ジンクス通りなら第5回大会は”該当作なし“となるところですが、下馬評では『バトル・ロワイアル』の評判が高かったのです。

「日本ホラー小説大賞」の選考委員は、当時は荒俣宏、高橋克彦、林真理子の3名。この3名が応募作品全てに目を通す訳ではなく、まず角川書店の複数の編集者が応募作品全てに目を通し、投票によって最終選考作品を絞り込み、その最終選考作品を先の3名が読んで……という形でした。


編集者の選考段階では上述の様に『バトル・ロワイアル』の評判が高く、その評判は他社の編集者にも漏れ伝わる位でした。(日本ホラー小説大賞は出版界でも関心が高く、角川書店以外の出版社でもアンテナを張っている編集者がいた様です)

結果は……ジンクス通り“該当作なし”となってしまいました。『バトル・ロワイアル』に関しては、最終選考で選考委員の上述の3名の方々全員が「角川書店として賞を与えるべきではない」との結論になったと言われています。


『バトル・ロワイアル』の噂を聞いていた、太田出版の雑誌「Quick Japan」の赤田祐一編集長が、“第5回日本ホラー小説大賞 該当作なし”の結果を知り、同作品に関心を示します。「作品次第ではウチから出版を」と思った赤田編集長。しかし作者である高見広春の連絡先が判りません。(仮に角川書店に尋ねても個人情報という事で教えてくれる筈もない訳で……)そこで雑誌上で“尋ね人”の形で高見氏の情報を募ります。すると御本人から連絡があり、赤田編集長は『バトル・ロワイヤル』の原稿を入手し一読。その後、正式に太田出版からの出版が決まります。

当時、太田出版は文学作品の出版は手掛けていませんでしたから、『バトル・ロワイアル』の出版は賭けでもありました。


1999年4月。「その衝撃的内容故に、某ホラー小説大賞で審査員全員一致で落選となった問題作」という類いの、攻めた広告で発売された『バトル・ロワイアル』。それはノストラダムスの大予言などぶっ飛ばす勢いで、瞬く間にベストセラーとなります。「某ホラー小説大賞」と言っても、当時はホラー小説大賞は「日本ホラー小説大賞」しかありませんでしたから、「角川書店が出版を見送った問題作って、どんな作品なのか」といった感じで世間の関心を集めた訳です。


映画化の申込みは複数あった様です。流石に角川映画とフジテレビからの映画化打診は無かったと思いますが……(それでも角川書店は『バトル・ロワイアル The MOVIE 完全攻略ガイドブック』を発売しています)


深作欣二 監督で2000年に映画化された『バトル・ロワイヤル』は、これはこれで一悶着あったのですが、長くなるので今回は割愛します。


いずれにせよ、『バトル・ロワイアル』は社会現象になり、更には「デス・ゲーム」モノと呼ばれるジャンルがブームとなり、『リアル鬼ごっこ』等の後続作品が数多く発表されます。『ハンガー・ゲーム』は、それらの数多い作品群に埋もれてしまい、日本ではアメリカほど注目されなかった感があります。

因みに『ハンガー・ゲーム』の小説出版は角川書店、映画配給は角川映画でした。


『ハンガー・ゲーム』と『バトル・ロワイアル』の類似性は日本、アメリカ両国で指摘されたのですが、スーザン・コリンズはインタビューの中で「『バトル・ロワイヤル』という日本の作品は知らなかった」と答えています。

因みに小説『バトル・ロワイアル』は2003年に英訳版が出版。映画『バトル・ロワイアル』は2002年のパシフィック・フィルム・アーカイブで、アメリカでは初上映されています。

尤も「デス・ゲーム」モノは、それ以前から存在(小説『死のロングウォーク』『バトルランナー』等、映画『ローラーボール』『デス・レース2000年』等)していましたから、スーザン・コリンズの発言は多分事実でしょう。


余談ですが、2006年にアメリカで『バトル・ロワイアル』をリメイクする企画が立てられましたが、2007年のバージニア工科大学銃乱射事件を受けて中断、更に2008年に小説『ハンガー・ゲーム』の出版があった事から頓挫しています。

映画『ハンガー・ゲーム』が公開された2012年には、アメリカで『バトル・ロワイアル』のTVドラマ・シリーズ化が企画されましたが、実現には至っていません。


閑話休題。

小説『バトル・ロワイアル』と、小説『ハンガー・ゲーム』は、上述したスティーブン・キング(リチャード・バックマン名義)が執筆した小説『死のロングウォーク』の影響を受けていると思われます。高見氏はインタビューで小説『死のロングウォーク』からの影響を認めていますし、コリンズ氏もスティーブン・キング作品は読んでいるでしょう。


その小説『死のロングウォーク』は、2000年代にフランク・ダラボンが映画化を進めていましたが頓挫。

その後、ジェームズ・ヴァンダービルト&ブラッドリー・J・フィッシャーで映画化が進められるも、やはり頓挫。

改めて2019年頃に、ジェームズ・ヴァンダービルト製作、アンドレ・ヴーヴレダル監督での映画化がアナウンスされるも、またまた頓挫。

そして昨年末に、映画『ハンガー・ゲーム0』のフランシス・ローレンス監督での映画化がアナウンスされました。


いよいよ真打ち登場の映画化となるのか、またしても頓挫、或いは遅かりし由良之助となってしまうのか、果たして?


……加えて、映画『ハンガー・ゲーム0』に対抗?して映画『バトル・ロワイアル0』なる企画は生まれないのでしょうか?!