1984年=昭和59年、9年ぶりに復活した『ゴジラ』。興行的には成功を収めましたが、ファンの反応は微妙なものでした。しかし、このファンの声こそが復活した『ゴジラ』を微妙なものにした要因の一つであったのです。


1984年版『ゴジラ』は原点回帰を標榜して製作された作品でした。原点、つまり昭和29年=1954年製作の『ゴジラ』です。

第1作『ゴジラ』は「反戦」「反核兵器」を主題に込めた作品であり、それこそが高い評価を得ている一因でありました。(尤も公開当時はその主題が「嫌味である」として評論家からは酷評されています)

ただ製作側は「反戦」「反核兵器」の主題が最初から在りきの作品を作ろうとした訳ではなく、まず大怪獣が登場する映画の企画があり、その大怪獣を単なる荒唐無稽な存在ではなく、説得力のある存在にする為に自然発生的に「反戦」「反核兵器」という主題が込められていったのです。

それは太平洋戦争の記憶が残っていた(同年には第五福竜丸事件が起きていた)日本人に対して、「ビキニ環礁での水爆実験によって誕生した大怪獣ゴジラが、ようやくにして戦後復興を遂げつつあった日本を再び破壊し、恐怖をもたらす」という物語が、空想に留まらず現実的な要素を併せ持った作品として強烈な印象を与える要因になったのです。


ただ、この主題が少々曲物でして……


1984年当時の特撮ファンの多くは「『ゴジラ』の新作を製作するなら昭和29年の1作目の様な作品にして欲しい」と言っていたのですが、更に「俺は昭和29年の『ゴジラ』は高く評価する。何故なら“反戦”や“反核兵器”の主題が込められているからだ。しかし2作目以降の作品は子供向けの怪獣プロレスに堕落しているので認めない」と声高に語る者も多くいたのです。

しかし……それは「いい歳して怪獣映画なんか見ているの?」という世間の偏見に対する言い訳でしかなかったのです。その証拠に、その声高に語る者の大半が第1作『ゴジラ』をリアルタイムで見られなかった世代、つまり『キングコング対ゴジラ』以降の作品を子供の頃に見て『ゴジラ』のファンになった者ばかりでした。(この言い訳は「平成VSシリーズ」が公開されていた頃まで続きます。新作が公開される前から”見なくても俺には分かる“といった調子で、したり顔で酷評するファンが多くいたのです。また東京国際映画祭で上映された、ポストプロダクションが不十分な『ゴジラVSキングギドラ』のワークプリントを見て、「ピアノ線が見えちゃってる」「日本の特撮はそれでいいの」等と揶揄する様な記事を平気で掲載していた商業ホビー誌もありました)


それでも、その言い訳が“ファンの意見”として支配的であったが為に(“『キングコング対ゴジラ』こそがシリーズ最高傑作”と評価した某同人誌の様な賢明な意見もありましたが)東宝としても1984年版『ゴジラ』の製作にあたり、その“ファンの意見”に応えねばならなかったのです。


1984年版『ゴジラ』は「ゴジラは生きた核兵器」と設定し、米ソの冷戦を背景にするなど、1980年代ならではの主題を盛り込んだ内容でした。

しかし、前年の『ゴジラ復活祭1983』で第1作『ゴジラ』が上映された際、あのアナウンサーの場面で大爆笑が起きる……

“平和ボケ”と言われた当時の日本では「生きた核兵器」と言われても観客の誰もそれを実感出来ない……

翌々年にはバブル景気が始まる浮かれた時代には、1984年版『ゴジラ』の主題は、さほど当時の観客の感性に刺さるものではなかったのです。


また作品の描写にも問題がありました。

ストーリー導入部は1980年の『地震列島』にも似たパニック映画のフォーマットが使用されていますが……

「生きた核兵器」であるゴジラが原子力発電所を襲撃する場面、放射能汚染が拡がるかと思いきや、漏れた放射能を全てゴジラが吸収し、残留放射能はゼロ……

米軍が迎撃する事が前提の様な展開で(誤って)発射されるソ連の核ミサイル……

パニック映画に必要な「“それ”が起きたら我々にどの様な実害が出るのか」が曖昧であり、「生きた核兵器」の恐怖は何処にあったのでしょうか?


パニック映画のフォーマットを使用する一方で、全体のストーリーは1956年の『空の大怪獣 ラドン』を下敷きにしているのですが、新宿副都心の超高層ビルにゴジラは囲まれてしまい、『空の大怪獣 ラドン』で描かれた福岡市天神の場面の様な、都市破壊のカタルシスが乏しい……

当時のハリウッド映画の影響か、スーパーXやハイパワーレーザービーム車の様な超兵器を登場させているものの、其々のメカニック描写の魅力が欠けている……

往年の怪獣映画ではお馴染みの「怪獣から逃げる人々」の画が欲しかったのか、全都民の避難命令が出ている自衛隊の作戦区域に、野次馬がゾロゾロと集団で、しかも手ぶらに近い状態(つまり避難民には見えない、如何にもボランティア・エキストラですといった風体)で現れるという不自然な描写……(アメリカ公開版では場面を入れ替えています)


ファンの言い訳に振り回されたのか、製作側に明らかな迷いがあり、様々な要素を入れたにも関わらず筋が通っておらず、チグハグな描写に終始してしまった感がありました。


それでも『ゴジラ』が復活した事に最大の意義を感じるのであれば、1984年版『ゴジラ』は大いなる評価に値する作品です。そして上述した幾つかの不満は、2016年の『シン・ゴジラ』が解消してくれる事になります。



『ゴジラ 1985』

GODZILLA 1985

1984年~1985年 日本/アメリカ

東宝映画/ニューワールド・ピクチャーズ

※『ゴジラ』1984年作品のアメリカ公開版

【追加出演者】

レイモンド・バー

ウォーレン・J・ケマーリング

ジェームズ・ヘス

トラビス・フォード

クロフォード・ビニオン

【追加部分監督】

R・J・カイザー