現在公開中の『ジョン・ウィック:コンセクエンス』。真田広之VSドニー・イェンという、正に夢の対決が実現!しかもこれが映画の序盤の展開ですから、恐ろしいくらい密度の濃い作品だというのが分かります。

クライマックスは『蒲田行進曲』もビックリな超絶的な階段落ちが披露されます。


真田広之さんは、前作の『ジョン・ウィック:パラベラム』に出演というアナウンスがあったのですが、何故か直前でキャンセルとなり、代わってマーク・ダカスコスが出演したという経緯がありました。

今から思えば、シリーズ4作目で真田広之VSドニー・イェンのプランが浮上したので……とも思ってしまうのですが、真相は如何に。(実際は『アベンジャーズ エンドゲーム』と撮影スケジュールが被ったから……だそうです)


さて、『ジョン・ウィック:コンセクエンス』で宇宙最強の男と闘った真田広之さんは、2005年の『亡国のイージス』を最後に日本映画への出演は途絶えており、海外作品で活躍。現在では完全にハリウッド・スターであります。

『アベンジャーズ エンドゲーム』のヤクザ役は、当時アメリカのハリウッド業界誌にアジア系の俳優を対象としたオーディションの告知が掲載されていましたが、僅かな場面でも作品のクオリティを優先した為でしょうか、既にハリウッド映画で実績のあった真田広之さんが起用される事になります。


2003年。『ラスト サムライ』が劇場公開された際、アメリカでは真田広之さんに関しては「『ザ・リング』のオリジナル作品に主演し、ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーの舞台に立った事もある日本の実力派俳優」と簡単な紹介しかなかった事で、アメリカの映画マニアが「全米公開された『宇宙からのメッセージ』に出演しているじゃないか!」と指摘した、という話もあります。


そんな真田広之さんの初の海外主演映画と言えば、1982年公開の『龍の忍者』です。


1980年、アメリカでは作家エリック・ヴァン・ラストベーダーが執筆した小説『ザ・ニンジャ』がベストセラーとなり、1981年に20世紀フォックスがアービン・カーシュナー監督で同作品の映画化を発表し(残念ながら未製作に終わりました)、これに便乗してキャノン・フィルムズがフランコ・ネロ主演、ショー・コスギ共演の映画『燃えよNINJA』を製作した事で、ニンジャ・ブームが起きました。


このアメリカでのニンジャ・ブームを察知したのかどうかは定かではありませんが、まず東映が香港との合作を前提とした忍者映画の企画を立案します。

1981年、東映は香港映画『ブルース・リー 死亡の塔』を公開していますが、これが縁となり同作品の監督であり、香港のシーゾナル・フィルムズのプロデューサーでもあるウー・シー・ユエンに、その企画を持ちかけた……という話が、当時紹介されています。


その後、香港との合作が現実化に至った詳しい経緯は不明ですが、上述のアメリカでのニンジャ・ブームを受けて、日本と香港の両映画界が海外マーケットを意識したのかもしれません。


また東映は1979年の『ドランクモンキー 酔拳』を皮切りにジャッキー・チェン主演作を次々に公開し、これが人気を呼んでいました。

当時の東映は、それまでの成年男性向けの路線に代わり“ニュー・ヤング路線”の開拓に力を入れており、新世代の“映画界から生まれたスター”を欲していました。

JACで訓練を受け、吹替無しで危険なアクションをこなす真田広之さんは、正に新世代のアクション映画スターであり、1980年『忍者武芸帖 百地三太夫』、1981年『吼えろ鉄拳』『燃える勇者』の主演で、日本国内では香港映画のジャッキー・チェンと並び称される様になっていました。(事実、1982年に東映がジャッキー・チェン主演『龍拳』を公開した際の併映は『忍者武芸帖 百地三太夫』の再公開。両雄が並び立っていました)

それ故に「真田広之主演の日本/香港 合作作品」という企画が生まれたのは自然の流れだったかもしれません。


日本側のプロデューサーの1人が佐藤雅夫さん。東映で1960年代から数々の作品の企画、製作を手掛けてきた方で、かの『緋牡丹博徒』の企画にも関わっておられます。


1982年の新春に発表された東映邦画系のラインナップには、G.W公開作品として“真田広之 主演『ザ・忍者』”との記載がありました。20世紀フォックスが製作を予定していた作品と紛らわしいタイトルですが、香港との合作=海外進出作品という事を強調する為の仮題だったと思われます。

その後、真田広之さんがラジオ出演した際には「香港で『忍者伝説』という作品を撮った」と話されており、邦題に関しては幾つかの候補があった様です。


日本と香港の合作映画『龍の忍者』ですが、合作とは言うものの、東映側が立案した企画を香港側に任せるというスタイルの為、作品自体は殆ど香港映画です。

実際の撮影に関しては、日本側から真田広之さん、田中浩さん、津島要さんが出演。またウン・シー・ユエンの要請で、香港映画で活動経験のある染野行雄さんも出演。(おそらく香港映画界を知っている日本人が必要だったのではないかと……)加えて擬斗担当でJACの斉藤一之さんが参加。それ以外は香港側のキャスト、スタッフで占められています。


香港映画流の撮影スタイルに、真田広之さんはかなり戸惑ったと伝えられています。

当時の香港映画には脚本が無く、撮影当日にメモが渡されるのみ。しかも撮影現場で監督の思いつきでストーリーが変わる事は日常茶飯事。(『龍の忍者』も中盤まではシリアスな展開でしたが、クライマックスで突然コミカルな要素が加わります)

更に演出担当者は交代制なので、昨日現場にいなかったスタッフが今日現場を仕切り出す……といった感じだった様です。(1988年の日本/香港 合作映画『孔雀王』では、主演の三上博史さんが香港流の撮影スタイルに激怒し、映画の宣伝活動に一切協力しなかったという事がありました)


劇中、真田広之さんが五重塔からダイビングする場面があります。当時の香港映画では、まだ高所からのダイビングというスタントは少なく(ジャッキー・チェンが『プロジェクトA』で時計塔からダイビングするのは翌年)、劇中でも大きな見せ場となっています。(正直な感想として、カメラのアングルが……)

真田広之さんは『忍者武芸帖 百地三太夫』では伏見桃山城からの25Mダイビング、『吼えろ鉄拳』では東尋坊からの20Mダイビングを敢行しており、それに続くダイビングでもありました。実は真田広之さん、『龍の忍者』では五重塔からのダイビングは2回敢行しています。

1度目は日本から取材に来たマスコミ向けのダイビングです。当日はロケ現場には小雨が降っておりダイビングには不向き(と言うか危険)な状態だったのですが、日本のマスコミ陣はこの日しかスケジュールが空いておらず(〆切が迫っていた)、強い要望を受けてのダイビングでした。

しかし「やっぱり絵が繋がらない」として、後日改めて2度目のダイビングを敢行しています。


『龍の忍者』で真田広之さんと対決したのはコナン・リーとウォン・チェンリー。真田広之さんとコナン・リーとはダブル主演の形で、対立していたものの後に和解して共通の敵と協力して闘うという関係の役柄。

その共通の敵を演じるのが、桃白白のモデルにもなったウォン・チェンリー。『ドランクモンキー 酔拳』『スネーキーモンキー 蛇拳』ではジャッキー・チェンと闘い、『ブルース・リー 死亡の塔』ではブルース・リー……ではなくタン・ロンと闘った彼です。

コナン・リーは後に『カラテNINJA ジムカタ』『エリミネーターズ』等で、真田広之さんに先駆けてアメリカ進出を果たしています。


『龍の忍者』出演時のコナン・リーは“第2のジャッキー・チェン”として売り出されていた為か、髪型など風貌がジャッキー・チェンに酷似しており、更にテレビ放映時にはコナン・リーの日本語吹替を石丸博也さんが担当した事もあり、さながら“真田広之VSジャッキー・チェン(仮想)”の趣きもありました。


共演がコナン・リーではなく『ブルース・リー 死亡の塔』のタン・ロンだったら、と思う事があります。少なくとも日本に於けるタン・ロンの評価はかなり上がったと思うのですが……


『龍の忍者』には複数のバージョンがある様です。

①日本で劇場公開された112分版。

②香港で劇場公開された100分版。

③英語吹替による92分版。

④真田広之さんの出演場面を韓国俳優に差し替えた韓国公開の95分版。


①は日本では、1984年にVHSが発売されましたが、残念ながらトリミング版。

②は日本では、2011年にDVDが発売されました。


ジャッキー・チェン主演作品は『ドランクモンキー 酔拳』『スネーキーモンキー 蛇拳』以外は東映公開版のプリントが現存していて、Blu-rayが発売されていますから、①のプリントも現存していると思うのですが……

『ジョン・ウィック:コンセクエンス』公開を機に、①と②を収録したBlu-rayが日本で発売されないものでしょうか。(③は無くても良い。④は論外)


余談ですが、今年の11月に真田広之さんが1986年に出演された香港映画『皇家戦士』のBlu-rayが発売されます。

ジャケットを見ると、日本公開時のポスター・デザインがそのまま使用されていますが、日本劇場公開時の真田広之さん御本人の日本語音声が収録されているのでしょうか?(DVDは別人による片言の日本語)


『龍の忍者』の日本劇場公開は1982年4月17日。

同日に東宝は『刑事物語』を公開。こちらでは武田鉄矢さんがクンフー(蟷螂拳)を披露していました。

また1週間前の4月10日よりジャッキー・チェン主演『ドラゴンロード』が日本で劇場公開されており(地方都市は4月24日公開)、香港アクションが日本の映画興行界を席巻していた時期でありました。



『龍の忍者』

龍之忍者

NINJA IN THE DRAGON'S DEN

1982年 日本/香港

1982年4月17日公開 東映配給

併映『胸さわぎの放課後』

1983年2月19日再公開 東映配給

併映『蛇鶴八拳』

【出演】

真田広之

コナン・リー

ウォン・チェンリー

津島要

田中浩

タイ・ポー

染野行雄

ファン・ジョンリ

チン・ルン

ティエン・フェン

【監督】

ユアン・ケイ

【製作】

ウン・シー・ユエン

【プロデューサー】

杉山義徳

佐藤雅夫