9月14日に京極夏彦さんの新作『鵺の碑』が発売されます。

シリーズの外伝的作品である『百器徒然袋 風』『百鬼夜行 陽』『今昔百鬼拾遺 鬼』『今昔百鬼拾遺 河童』『今昔百鬼拾遺 天狗』『ぬらりひょんの褌』(『こちら葛飾区亀有公園前派出所』とのコラボレーション短編)を別格にすれば、2006年刊行の『邪魅の雫』以来17年ぶりの新作となります。


待たされました。“『鵺の碑』の次は『網剪の益』”というエイプリルフールのジョークを、危うく真に受けてしまう位に待たされました。(笑)


「鵺は深山にすめる化鳥なり」


私は今から25年程前に、知人から「物凄く面白い」と勧められ『姑獲鳥の夏』の文庫版を購入し、その煉瓦の如き厚さの小説を読み始めました。

衒学的?な描写が結構な分量あるのですが、それを踏まえた上で繰り広げられるクライマックスの“憑き物落し”の見事さに圧倒されたものです。

「見えている筈のものが見えない」「見えなかった筈のものが見えるようになる」

ミステリーとしては反則スレスレ、しかしそれを筆の力で読ませてしまう、これぞ小説の醍醐味なんて思ったものです。


以降、既に刊行されていたシリーズ作品は次々に購入、新作が発表されれば早速購入し、読み耽ったものです。


映画好きな私は“もし、このシリーズが映画化されたら”と、キャストを妄想したりしていましたが、一方で「でも映画化は無理だろう。特に『姑獲鳥の夏』はクライマックスの憑き物落しが映像化出来ない」と思っていました。

ところが2005年、まさかの『姑獲鳥の夏』の映画化が発表されました。まず気になったのがキャスト。

私の妄想キャストは……


中禅寺秋彦················豊川悦司

関口巽························佐野史郎

榎木津礼二郎·················阿部寛

木場修太郎·················高嶋政宏


そして実際のキャストは……


中禅寺秋彦·····················堤真一

関口巽·························永瀬正敏

榎木津礼二郎··················阿部寛

木場修太郎··················宮迫博之


薔薇十字探偵のキャスティングだけ、私の妄想と現実が一致しました。


監督は実相寺昭雄さん。特撮ファンからすれば『ウルトラマン』『ウルトラセブン』『怪奇大作戦』『シルバー仮面』等の作品で、他の監督は一味違う独特の映像表現をする事でお馴染みの監督。コアな映画ファンからすれば『無常』『曼荼羅』『あさき夢みし』等の情念を描いた作品で知られた監督。一方でTVの中継ディレクターを担当しスイッチャーまで行っていたという振れ幅の広い方。江戸川乱歩作品、泉鏡花作品の映像化も手掛け、『帝都物語』を力技で映画化された監督でもあったので、あの“憑き物落し”の場面も実相寺監督なら……と期待しました。


そして……劇場のスクリーンに映し出された映画『姑獲鳥の夏』の“あの”シーン。

「見えている筈のものが見えない」「見えなかった筈のものが見えるようになる」

原作で描写されている場面を、忠実に映像化したものが其処には在ったのです……

……活字と映像の違いを改めて認識させられました。


シリーズ2作目の『魍魎の匣』は、私は原作シリーズの中で一番好きな作品なのです。作中、京極堂こと中禅寺秋彦がクライマックスで言うある言葉が、彼が探偵ではなく憑き物落しの拝み屋、或いは現代(と言っても作中は昭和二十年代)の陰陽師であり、それが如何なる者なのかを端的に表しています。


2007年、『魍魎の匣』は逝去された実相寺昭雄監督に代わり原田眞人監督によって映画化されました。


映画の冒頭で回想シーンとして、榎木津礼二郎が出会った相手の記憶が見える特殊能力を得た切欠を描いているのですが、これは原作にはありません。勿論、原作でも榎木津礼二郎は特殊能力の持ち主なのですが、映画では敢えて“榎木津礼二郎は特殊能力の持ち主”である事を強調している訳です。そして……

その直後のシーン、本来の物語が始まる冒頭で、榎木津礼二郎が柚木陽子と対面しているのです。これがどういう意味か、原作を読んでいる者なら解る筈です。(因みに原作では、この場面で榎木津礼二郎は別人と対面しています)


……その時点で、この映画は私の理解の許容を越えてしまいました。


更に時系列を大幅に変更した事で、起承転結が全く異なったものになり、あの「ほっ」の場面が無くなってしまった事で、作中一番重要と思えた匣の一つが最初から存在せず、憑き物落しは謎解きに特化し、オーソン・ウェルズ出演の『第三の男』?的な表現に加え、ラストシーンはジェニファー・リンチ監督の『ボクシング・ヘレナ』から発想したと思しき映像で終わる……果たして、これは本当に『魍魎の匣』なのか?


この映画に対して京極夏彦さんは「これは僕の『魍魎の匣』とは異なる。しかし紛れもない『魍魎の匣』である」という類いの、コメントを寄せられていました。


「この世には不思議な事など何もないのだよ」



『姑獲鳥の夏』

2005年 日本

【出演】

堤真一

永瀬正敏

阿部寛

宮迫博之

原田知世

田中麗奈

清水美砂

篠原涼子

すまけい

いしだあゆみ

【監督】

実相寺昭雄

【脚本】

猪爪慎一



『魍魎の匣』

2007年 日本

【出演】

堤真一

椎名桔平

阿部寛

宮迫博之

黒木瞳

田中麗奈

清水美砂

篠原涼子

宮藤官九郎

柄本明

【監督/脚本】

原田眞人