1973年にアメリカで公開された『エクソシスト』の続編『エクソシスト ビリーバー』が、今年の10月にアメリカで公開されるそうです。そして、この作品には第1作に主演したエレン・バースティンが同じ役(悪魔に取り憑かれた少女リーガンの母クリス)で出演しています。監督はデヴィッド・ゴードン・グリーン。


……と書いていたら、『エクソシスト 信じる者』のタイトルで今年12月1日より、日本でも劇場公開される事がアナウンスされました。


『エクソシスト』の続編と言えば、1977年に『エクソシスト2』が公開されています。こちらの作品にはエレン・バースティンは出演していませんが、悪魔に取り憑かれた少女リーガンを演じたリンダ・ブレアとメリン神父を演じたマックス・フォン・シドーは引き続き出演していました。監督はジョン・ブアマン。


1990年には1作目に登場した(逝去したリー・J・コッブに代わりジョージ・C・スコットが演じる)キンダーマン警部を主人公にした『エクソシスト3』が公開。1作目でカラス神父を演じたジェイソン・ミラーが意外な形で登場します。監督は原作者でもあるウィリアム・ピーター・ブラッティ。


2004年にはプリクエル『エクソシスト ビギニング』が公開されますが、これはポール・シュレイダー監督が手掛けた作品をスタジオが気に入らず、レニー・ハーリン監督で全面的に撮り直したバージョン。

元のポール・シュレイダー監督版は『ドミニオン』のタイトルで、アメリカでは限定公開されています。


『エクソシスト 信じる者』と『エクソシスト2』『エクソシスト3』『エクソシスト ビギニング』とのストーリー上の関係は現時点では不明ですが、アナウンスによれば3部作を予定しており、次回作『エクソシスト ディシーバー』(邦題は『エクソシスト 欺く者』?)は2025年4月にアメリカで公開予定との事。果たして、次回作以降にリンダ・ブレアが出演するのかどうか、大変気になります。


その一方で、1作目を監督したウィリアム・フリードキンの訃報が伝えられました。


ウィリアム・フリードキンは1967年に映画監督としてデビュー。1971年の監督作『フレンチ・コネクション』は、その年のアカデミー賞の作品賞、監督賞、等5部門を制覇。興行的にも大ヒットし、早くもハリウッドの頂点を極めてしまいます。

そんな絶頂期のフリードキンが次なる作品として選んだのが『エクソシスト』でした。


『エクソシスト』を映画化するに際し、最大の難関だったのが悪魔に取り憑かれた少女リーガン役のオーディションでした。

高い演技力を持ち、特殊メイクを施される等の過酷な撮影環境に耐え、悪魔の呪詛の様な言葉を吐き続けながら、撮影後は何事も無かったかの様に日常生活に戻れる精神力。それらを兼ね備えた10代の少女なんて果たして存在するのか?

オーディションのオファーをかけても断わってくる者も数多くいました。一方で何十人もの候補者の名前が挙がってくるのですが、フリードキンのメガネにかなう者は中々現れませんでした。(オーディションで不合格となった者には、子役時代のジョディ・フォスターもいました)

フリードキンは場合によっては“エスター”な女優(※1)を起用する事も考えていたと言われます。それだけにリンダ・ブレアが彼の前に現れた時、フリードキンは狂喜乱舞します。「神が俺に贈り物をくれた」と言ったとか言わなかったとか。しかし『エクソシスト』だけに、フリードキンに贈り物を与えたのは本当に神だったのでしょうか?


※1 映画『エスター』のクライマックスを参照


そんなフリードキンの期待に応え、リンダ・ブレアも熱演します。劇中、リーガンがメリン神父と対峙する場面……メリン神父を演じるマックス・フォン・シドーは人格者で、過酷な役を演じるブレアに対して積極的にコミュニケーションを取るなど、最大限の配慮をし肉親の様に向き合っていました。

そして撮影がスタート。ブレア演じるリーガンが言います、「お前のおふくろは地獄で✖✖✖してるぜ」。

そのブレアの迫真の演技に、思わずシドーは演技を止めてしまいます。解っていても10代の少女の口から、そんな言葉が出てきた事がショックだったのです。

怪訝そうな表情を浮かべるフリードキン。彼の顔を見たシドーは暫しの間を置いて言いました。「…………大丈夫だ。撮影を続けよう」。


ウィリアム・フリードキン監督は『エクソシスト』の撮影現場に拳銃を持ち込んでいました。例えばジェイソン・ミラー演じるカラス神父が、突然鳴る電話のベルで驚く場面では、フリードキンはミラーの背後でその拳銃を発射(空砲)し、銃声に驚いたミラーの表情を撮影。「これが驚くって事だよ」とフリードキンが言ったかどうかは定かではありませんが、常にこんな調子で撮影は進行。ある時はフリードキン自ら、ある時はスタッフが、何かのタイミングで拳銃もしくは散弾銃を出演者の背後で発射していたそうで、お陰?で撮影現場は異様な緊張感が漂っていたそうです。

ジェイソン・ミラーはインタビューで語っています。「僕はフリードキン監督に言ったんだ。気が狂いそうになるから銃を撃つのは止めてくれと」……

一方、フリードキンは「同じ事をジョージ・スティーブンスは『アンネの日記』の撮影でやってるよ」と語っています。


メリン神父とカラス神父がリーガンに取り憑いた悪魔と戦う場面、フリードキンは独特の緊迫感を表現する為に、メリン神父とカラス神父の吐く息を撮す事を思いつきます。フリードキンは言いました、「吐く息が白くなる迄、部屋の温度を下げろ!」。

その為、スタジオは冷蔵庫の中の様な低温になり、スタッフ、キャスト共に恐怖ではなく寒さに震えながらの撮影となりました。


映画のクライマックス終盤、ダイナー神父がカラス神父に涙ながらに赦しを与える場面の撮影での事。ダイナー神父を演じるウィリアム・オマリーは俳優ではなく本物の神父。その為か、なかなかフリードキンが満足する演技が出来ません。

申し訳ないと謝罪するオマリー神父に、フリードキンは「私の事を信用していますか?」と問いかけます。オマリー神父は「ええ。信用しています」と答えます。するとフリードキンはオマリー神父の顔面に平手打ちをかまします。その直後フリードキンは言います「本番!」。

突然の平手打ち、しかも多くの人の前で。オマリー神父には、悲しい、恥ずかしい、情けない、悔しい……様々な感情が渦巻きます。そして自然と涙が溢れてきました。あの名シーンは、こうして生まれたのです。……果たして、これはメソッド演技なのか、その対極の演技なのか?


『エクソシスト』の音楽は、実は『ダーティハリー』『燃えよドラゴン』のラロ・シフリンに決まっていたのですが……フリードキンは「イメージと違う」の一言と共に音楽テープを投げ棄て、シフリンを降ろしています。 


『エクソシスト』は、その年のアカデミー賞で10部門でノミネートされましたが、受賞したのは脚色賞と音響賞の2部門。作品賞、監督賞、主演女優賞、助演男優賞、助演女優賞、等の主要部門での受賞を逃した事に、フリードキンはアカデミー賞受賞式会場の場で毒づいていたと伝えられています。


1998年の東京ファンタスティック映画祭で『エクソシスト 25周年記念版』が上映された時の事。リンダ・ブレアの「最近、日本では私の出演作は公開されていない様だけど……(笑)」という自虐が入ったビデオメッセージと共に、イギリスBBCで放送された『エクソシスト』のメイキング番組のダイジェスト版も上映されました。フリードキンは原作者のウィリアム・ピーター・ブラッティと共に撮影当時の事を語っているのですが、マイペースなフリードキンに対し、何処かフリードキンに気を使う様に喋るブラッティの姿が印象的でした。


2000年に公開された『エクソシスト ディレクターズ・カット版』。日本では公開の2日前の10月5日に、“ウィリアム・フリードキン監督の強い要望”で公開延期になりました。理由を尋ねられたフリードキンは、こう答えています。「全部気に入らない」「画面が暗すぎる。何処かの電源を落とした様だ」と。

その後、同作品は何とか同年11月23日から公開されました。初公開版ではカットされていた幾つかの場面の復活に加え、CGでエフェクトを加えた場面も多くありました。しかし、リーガンの母クリスが初めてカラス神父と逢う場面、クリスが手にした煙草のミス(捨てた筈の煙草が手に戻っている)は修正されていませんでした。


誰かが言いました。

「ウィリアム・フリードキンは悪魔に取り憑かれている」

「ウィリアム・フリードキンこそが悪魔だ」

「ウィリアム・フリードキンは悪魔より恐ろしい」


エレン・バースティンは『エクソシスト』では、悪魔に取り憑かれたリーガンの未知なる力でクリスが突き飛ばされる場面の撮影で、腰を負傷しています。フリードキンの指示で、スタッフがワイヤーでバースティンを引っ張っての撮影だったのですが、勢いが付き過ぎてバースティンは壁に叩きつけられてしまったのです。


しかし……2018年、イタリアで製作されたドキュメンタリー作品『フリードキン・アンカット』の中で、エレン・バースティンは『エクソシスト』撮影当時のウィリアム・フリードキンとの思い出を懐かしそうに、そして楽しそうに語っています。


1973年(日本では1974年)に公開された『エクソシスト』は世界中で大ヒットを記録。アメリカでは映画公開後“悪魔に取り憑かれた”と自称する人が多発し、日本では『燃えよドラゴン』で洋画デビューを果たした小学生が『エクソシスト』を見る為に劇場に詰めかけ、その日の夜は眠れなくなるという……世界各地で社会現象を巻き起こしました。

それまでゲテモノ扱いされてきた“怪奇映画”を、A級エンターテイメントの“オカルト映画”に引き上げたのは、ウィリアム・フリードキンの手腕による成果です。


恐らくウィリアム・フリードキン監督は「悪魔よりも魅力的」な人物だったのでしょう。



『エクソシスト』

THE EXORCIST

1973年 アメリカ

【出演】

エレン・バースティン

リンダ・ブレア

マックス・フォン・シドー

ジェイソン・ミラー

リー・J・コッブ

キティ・ウィン

ジャック・マッゴーラン

ウィリアム・オマリー

ルドルフ・シュントラー

バートン・ヘイマン

【監督】

ウィリアム・フリードキン

【原作/脚本】

ウィリアム・ピーター・ブラッティ