本日から公開されている『ミッション:インポッシブル デッドレコニング PART ONE』。


劇中、「IMFというのは、国際通貨基金の事ではありません。不可能作戦班の事です」という台詞があり、普段からTVの経済ニュースで「IMF」という言葉が出てくる度に『ミッション:インポッシブル』を連想していた身としては、思わずニヤリとせざるを得ませんでした。


この『ミッション:インポッシブル』シリーズのルーツが、1966年~1973年に放送されたTVドラマ・シリーズ『スパイ大作戦』です。


「例によって君、若しくは君のメンバーが捕らえられ或いは殺されても、当局は一切関知しないからそのつもりで。尚このテープは自動的に消滅する。成功を祈る」……毎回流れる指令のテープ音声、これが流行語にもなりました。


『スパイ大作戦』は、当初はスティーブン・ヒル演じるダン・ブリッグスがチーム・リーダー、つまり主人公として登場していました。故に指令のテープの声は「おはよう、ブリッグス君」で始まっていました。


しかし、ブリッグスの日本語吹替を担当されていた若山弦蔵さん曰く「どういう訳だかブリッグスの出番がドンドン少なくなり、回を増す事にマーティン・ランドー演じる変装の名人ローラン・ハンドの出番が多くなってゆき、どちらが主役か判らない様な状態になって、遂にブリッグスは消えてしまった」との事。


スティーブン・ヒルは熱心なユダヤ教の信者で、安息日には仕事をしない事を出演の条件にしていたと言われ、それが原因で撮影スケジュールが上手く組めなくなった事で出番が少なくなった様です。それ故にスタッフや共演者との関係も悪くなり、結果的に第1シーズンで降板する事になりました。


第2シーズンからレギュラーになったのがピーター・グレイヴス。彼が演じるチーム・リーダーがジム・フェルプスで、以降は指令のテープの声は有名な「おはよう、フェルプス君」となりました。

フェルプスも日本語吹替は若山弦蔵さんが担当されていたので、日本の視聴者は主人公が変わっても、それ程違和感は持たなかったそうです。


若山弦蔵さんのお話によれば『スパイ大作戦』のアテレコ台本は、“消えてしまう”事が多かったそうです。

ディレクターが机の上に台本を置いておくと、何時の間にかその台本がなくなる……決して「自動的に消滅」した訳ではなく、警察モノや探偵モノのTVドラマを制作しているスタッフや関係者が台本を持ち去ってしまうのだとか。早い話が『スパイ大作戦』をパクって自分達が制作しているドラマのネタにしてしまう訳です。

若山弦蔵さん自身が「最初のプレビューを見るのが非常に楽しみな作品だった」と語っておられる様に、毎回アイディアを凝らした魅力的なドラマだった『スパイ大作戦』は、ネタに苦しむ日本のドラマ制作スタッフにとっては恰好のテキストだったのでしょう。


『スパイ大作戦』は劇場版も製作されています。と言っても完全新作ではなく、TVシリーズの第2シーズンの11話と12話(通算39話と40話)を繋いで再編集したもので、1969年に『スパイ大作戦 薔薇の秘密指令』のタイトルで公開されています。

当時はショーン・コネリー主演の『007』シリーズが世界各国で大ヒットし、スパイ映画の需要が大きかった事もあり、TVドラマの再編集映画でもビジネスとして成立したものと思われます。(ロバート・ボーン主演の『0011 ナポレオン・ソロ』シリーズの劇場版も同様)


また主演のピーター・グレイヴスは他作品でも『スパイ大作戦』を思わせる映画に出演しています。


1969年のイタリア映画『五人の軍隊』。バッド・スペンサーや丹波哲郎さんが共演しています。

メキシコ革命の時代、走る要塞とも言っても過言ではない現金輸送列車の襲撃を目論む、五人のプロフェッショナルを描いた作品。五人がそれぞれに秀でた能力を持ち、それをピーター・グレイヴス演じるダッチマンが指揮して作戦を決行。ラストで明かされるダッチマンの真の目的の描写を含めて、正にマカロニ・ウエスタン版『スパイ大作戦』といった趣きの作品です。


1984年の香港映画『皇帝密使』。サミュエル・ホイとカール・マックのコンビによるアクション・コメディ作、通称『悪漢探偵』シリーズ第3作です。元々パロディ色の強いシリーズですが、『皇帝密使』はスパイ映画のパロディとなっています。ピーター・グレイヴスは密命を帯びて香港へやって来るエージェントを演じています。

ピーター・グレイヴス演じるトム・コリンズが香港へ到着すると、迎えの人力車が待機しているのですが、そこにはウォークマンが置かれています。『スパイ大作戦』ではオープンリール式のテープだったのが、時代が変わってウォークマンになった、というパロディです。

ウォークマンを再生すると「おはよう……」と、お馴染みの指令の声が流れてくるのですが、「……尚、このテープは自動的に消滅する。成功を祈る」で、再生が終了するとウォークマンが火を噴き出し、トム・コリンズがパニックになる……という爆笑展開があります。

この爆笑展開は『皇帝密使』の国際版にのみ存在する場面の様で、日本では劇場公開版には存在したのですが、発売中のDVDには香港公開版が収録されている為、件の場面は在りません。残念!

(この作品でピーター・グレイヴスが演じている男の名前が“トム“という、この偶然……)


1988年にスタートしたTVドラマ・シリーズ『新スパイ大作戦』では、レギュラー・メンバーは一新されていたのですが、唯一ピーター・グレイヴス演じるジム・フェルプスはチーム・リーダーとして引き続き登場。ピーター・グレイヴスこそが『スパイ大作戦』の顔であり、ジム・フェルプスはピーター・グレイヴスにとって最大の当たり役でもありました。


それだけに、1996年に公開されたトム・クルーズ主演『ミッション:インポッシブル』に対してピーター・グレイヴスは立腹したと言われています。

『ミッション:インポッシブル』は『スパイ大作戦』の続編という体裁になっており、ジョン・ヴォイトがジム・フェルプス役で出演しています。

ピーター・グレイヴスからすれば、それだけでも弱冠複雑な気分だったと思われますが、そのジム・フェルプスが裏切者=悪の黒幕として描かれていた訳ですから、納得出来る筈もありません。

しかも『ミッション:インポッシブル』のプロデューサーは主演でもあるトム・クルーズ。

ピーター・グレイヴスは自身の代表作をトム・クルーズに乗っ取られた……そんな気分に陥ったのかもしれません。


現在では『ミッション:インポッシブル』シリーズはトム・クルーズの代表作となり、27年にもわたってトム・クルーズは主人公イーサン・ハントを演じ続けています。

本来なら『ミッション:インポッシブル デッドレコニング PART ONE』公開に併せ、キャンペーンで来日する予定だったトム・クルーズ。しかしハリウッドで行われているストライキの影響で来日中止。(“後悔はないです”戸田奈津子さんも残念)その代わり?映画本編前にメッセージ・ビデオが流れます。トム・クルーズにとっても、このシリーズは思入れの深い作品なのです。

そして、次回作『ミッション:インポッシブル デッドレコニング PART TWO』がイーサン・ハント最後のミッションになると言われています。



『スパイ大作戦』

MISSION:IMPOSSIBLE

1966年~1973年 アメリカ

【出演】

スティーブン・ヒル

ピーター・グレイヴス

マーティン・ランドー

バーバラ・ベイン

グレッグ・モリス

ピーター・ルーパス

レナード・ニモイ

リー・メリウェザー

サム・エリオット

レスリー・アン・ウォーレン

リンダ・デイ・ジョージ

バーバラ・アンダーソン

ボブ・ジョンソン

【監督】

ポール・スタンレー 他

【脚本】

ウィリアム・リード・ウッドフィールド 他

【音楽】

ラロ・シフリン

【製作総指揮】

ブルース・ゲラー