映画『007』シリーズから10作品がセレクトされ、4K版としてリバイバル公開される事が発表されました。

現時点ではトップバッターとして『女王陛下の007』が9月22日より公開される事が決まっているのですが、残る9作品のラインアップ発表は後日との事です。


個人的には……


『007は殺しの番号』

『007 危機一発』

『007 ゴールドフィンガー』

『女王陛下の007』

『007 私を愛したスパイ』

『007 ムーンレイカー』

『007 ユア・アイズ・オンリー』

『007 消されたライセンス』

『007 ワールド・イズ・ノット・イナフ』

『007 カジノ・ロワイヤル』


……が上映されるのではと予想というか、妄想しているのですが。


『女王陛下の007』は、1969年にシリーズ第6作として公開されました。


『女王陛下の007』程、初公開時と後の時代とで評価が異なる作品も珍しいのではないでしょうか。

初公開時は酷評され、現在ではシリーズ最高傑作とも言われています。

某映画評論家の著作でも、1970年代に発売された初版では“シリーズ最低作“と書かれていましたが、版元を変え1980年代に発売された増補改訂版では”いちばん主役に魅力がなかった“と、文章が差し替えられている程でした。


『女王陛下の007』が初公開時に酷評された1つ目の理由は、ジェームズ・ボンドを演じる俳優の交代です。

シリーズ5作品に主演したショーン・コネリーが、自身のイメージが007に固定されるのを嫌い降板。2代目007として新人のジョージ・レーゼンビーが起用されたのですが……

当時の映画ファンからすれば「ボンドと言ったらコネリー。コネリーと言ったらボンド。ショーン・コネリー以外の007なんて考えられない。ジョージ・レーゼンビーって誰やねん」というのが共通認識だったのです。


ジョージ・レーゼンビーは後に3本の香港映画に出演しますが、その内の1本『暗黒街のドラゴン 電撃ストーナー』で共演したアンジェラ・マオは、後年のインタビューで「007シリーズは御覧になっていましたか?」の問いに、「子供の頃からファンで全部見ていました。2人の方が長く主人公を演じておられましたね」と答えているにも関わらず、「共演したジョージ・レーゼンビーは御存知でしたか?」の問いには、無言で首を横に振るという……


2代目ジェームズ・ボンド役の候補には、後に3代目に起用されるロジャー・ムーアも挙がっていたと言われていますが、仮に『女王陛下の007』がロジャー・ムーア主演だったら……やはり酷評されたと思われます。つまり、誰が主役を演じてもショーン・コネリー以外は酷評される時代だったのです。


『女王陛下の007』が初公開時に酷評された2つ目の理由は、そのストーリーです。

映画『007』は、シリーズが進むにつれてスケールが大きくなり、イアン・フレミングの原作からの逸脱が目立つ様になってきました。そこで『女王陛下の007』は原点に回帰し、フレミングの原作に比較的忠実に映画化する事が意図されました。

その為、ジェームズ・ボンドは秘密兵器の類いを手にする事はなく、宿敵スペクターも秘密基地を構えて、世界大戦を引き起こそうとする様なスケールの組織ではなくなりました。


しかし……それは多くの映画ファンの望むものではありませんでした。当時のファンが望んでいたのは、ジェームズ・ボンドが秘密兵器を駆使して世界征服を企む大組織に戦いを挑む物語でした。


「隠居するので、これまでの犯罪行為に対する恩赦と、生活の為の爵位を寄越せ。さもないと殺人ウィルスをバラ撒くぞ」と言って国連を脅迫……まるで終活(当時はそんな言葉はありませんでしたが)を始めたかの様なブロフェルドや、ラストシーンでヒロイン(妻)が殺害され涙を流すジェームズ・ボンド……007の敗北など見たくはなかったのです。


また『女王陛下の007』の撮影現場から聞こえてきた声も、ネガティブなものが多かったのです。

ジョージ・レーゼンビーは元々モデルとして活躍。ショーン・コネリーがジェームズ・ボンド役を降板するとのニュースを聞いたスタイリストが「ジョージがボンドを演れば良いのに」と、半ば冗談で言った一言をレーゼンビーは真に受け、早速コネリー行きつけの理髪店と洋服店を(業界人のコネを使って?)調べ上げ、自身の外見をショーン・コネリー……と言うかジェームズ・ボンドに似せた上で、『007』シリーズを製作しているイオン・プロダクションに押しかけ、プロデューサーのハリー・サルツマンと強引に面談。劇中のジェームズ・ボンドばりの態度のデカさで、自身をサルツマンに売り込み、見事ジェームズ・ボンド役をゲットします。(レーゼンビーはテレビCM出演で顔が広く知られていた事と、抜群の運動神経の良さが買われました)


しかし俳優としては素人で、オーストラリア出身で英語に訛のあるレーゼンビー。彼は、撮影現場に於いてカメラが回っていない時でもジェームズ・ボンドばりのデカい態度で振る舞っていました。そうする事でプレッシャーを跳ね除け、役に成り切ろうとしたのです。

しかしその振る舞いは周りから反発を買ってしまいました。


ヒロインのトレーシーを演じるダイアナ・リグは、テレビドラマ・シリーズ『おしゃれ㊙探偵』にレギュラー出演し、イギリスでは国民的人気の女優でした。『女王陛下の007』出演を機に世界進出をも視野に入れていたであろうリグと、演技はぎこちないが態度はデカいレーゼンビーは反りが合う訳もなく、2人の不仲がまことしやかに伝えられました。

また『007』シリーズの、もう一人のプロデューサーであるアルバート・R・ブロッコリのレーゼンビーに対する評価は「マカロニ・ウエスタンがお似合い」でした。……決して褒め言葉ではありません。


『007 ゴールドフィンガー』

世界興行収入 1億2490万ドル


『007 サンダーボール作戦』

世界興行収入 1億4120万ドル


『007は二度死ぬ』

世界興行収入 1億1160万ドル


『女王陛下の007』

世界興行収入 8200万ドル


興行的にも前3作を大きく下回った『女王陛下の007』。ジョージ・レーゼンビーがこれ1本だけでボンド役を降板した事もあり、シリーズの中でも徒花扱いされる事が多かったのですが、その評価が変わるのは1980年代になってからです。


1981年、ロジャー・ムーア主演、シリーズ第12作『007 ユア・アイズ・オンリー』が公開されます。

シリーズ第10作『007 私を愛したスパイ』、シリーズ第11作『007 ムーンレイカー』の2本が巨大スケールの内容で、興行的には大成功しましたが「少々やり過ぎでは?」という批判もあった事から、シリーズ第12作は原点回帰を目指した内容になりました。

すると……『女王陛下の007』の時代には評価どころか指摘すらされなかった、その原点回帰が好評を得たのです。


そして『007 ユア・アイズ・オンリー』のプロローグは『女王陛下の007』と直接繋がる展開でもあった為、「『女王陛下の007』は『007 ユア・アイズ・オンリー』に先駆けて、007本来のスタイルに立ち返った、スパイ活劇の醍醐味に溢れた作品だったのでは……」と、再評価される切欠となったのです。


思い起こせば、シリーズ第5作『007は二度死ぬ』はルイス・ギルバート監督作品で、クライマックスは偽装した火山の内部に建設された、宇宙ロケット発射場まで備えた巨大要塞での攻防を描いた、ビッグ・スケールの作品。その次作が『女王陛下の007』。監督は前作までの編集を担当したピーター・ハント。

シリーズ第10作『007 私を愛したスパイ』は、クライマックスは海底から浮上する巨大要塞での攻防を描き、シリーズ第11作『007 ムーンレイカー』は、クライマックスは地球を飛び出し、宇宙要塞での攻防を描いたビッグ・スケールの作品で、共にルイス・ギルバート監督作品。その次作が『007 ユア・アイズ・オンリー』。監督は前作までの編集を担当したジョン・グレン。

正に歴史が繰り返されたのです。


奇しくも『007 ユア・アイズ・オンリー』が公開された1981年は、かつて『007』シリーズを監督する事を熱望し、スタジオに売り込んでいた過去があるスティーブン・スピルバーグが、その思いを果たさんとばかりに、往年の冒険活劇を現代に復活させた『レイダース 失われたアーク《聖櫃》』を発表した年でもあります。


更に、ティモシー・ダルトン主演『007 消されたライセンス』、ピアース・ブロスナン主演『007 ワールド・イズ・ノット・イナフ』、ダニエル・クレイグ主演『007 スペクター』『007 ノー・タイム・トゥ・ダイ』では、明らかに『女王陛下の007』を踏まえたと思しき描写があり、『女王陛下の007』は後のシリーズ作品にも大きな影響を与えた事になります。


因みに、ジョージ・レーゼンビーは『007』シリーズから降ろされたのではなく、自ら降板を申し出たとの事です。理由としては、当時のレーゼンビーはヒッピー文化に傾倒する様になっており、「髪を短く整え、スーツを着た007」に関心を失ったからと言われています。降板を申し出たレーゼンビーを製作側が引き留めなかった、という事でしょうか。


ジョージ・レーゼンビーが1976年に出演した香港映画『鱷潭群英會』。この作品ではイギリスのエリザベス女王が香港を訪問した際の記録映像が本編の一部として使用されているので、計らずもレーゼンビーは本物の女王陛下との共演を(形の上では)実現させています。


そのジョージ・レーゼンビーは現役の俳優であり、現在製作中の『Z DEAD END』なるゾンビ・ホラー映画に、アメリカ大統領役で出演しているそうです。



『女王陛下の007』

ON HER MAJESTY'S SECRET SERVICE

1969年度 イギリス

【出演】

ジョージ・レーゼンビー

ダイアナ・リグ

テリー・サバラス

ガブリエル・フェルゼッティ

バーナード・リー

ロイス・マクスウェル

デズモンド・リュウェリン

カトリーヌ・シェル

ジョージ・ベイカー

アンジェラ・スコーラー

【監督】

ピーター・ハント

【原作】

イアン・フレミング

【脚本】

ウォルフ・マンキウィッツ

リチャード・メイボーム

サイモン・レイブン

【音楽】

ジョン・バリー

【主題歌】

ルイ・アームストロング

【製作】

アルバート・R・ブロッコリ

ハリー・サルツマン