1980年4月、東映では全国邦画系劇場で上映する作品に於いて混乱が起きていました。


本来は4月5日からは『甦れ魔女』が公開される予定……実際に公開されたのですが、これが非常に厄介な事態になっていました。

インターネット上の情報では、『甦れ魔女』『ミスターどん兵衛』『仁義なき戦い 総集篇』の3番組が混在する形で上映されたと紹介されていますが、実際には少なくとも6番組が混在する形での上映となっています。


その6番組とは……


『甦れ魔女』

『ミスターどん兵衛』『白馬童子』

『仁義なき戦い 総集篇』

『山口組三代目 総集篇』

『最強最後のカラテ』『ポール・ポジション』

「東映まんがまつり」(続映)


……です。


何故この様な事態になったかと言いますと……


『甦れ魔女』は、日本とソビエトの女子バレーボール選手の交流と成長を描いた、日・ソの合作映画。東映が長い時間をかけてソビエトと交渉し製作に漕ぎ着けた大作でした。(魔女というのは魔法使いの類いでなく、1964年の東京オリンピックのバレーボール女子日本代表チームに、海外のメディアが名付けたニックネーム「東洋の魔女」が由来)


当然ながら1980年7月から開催されるモスクワ・オリンピックに併せての映画だったのですが、ソビエトのアフガニスタンへの軍事侵攻に抗議する為にアメリカ、中国など世界の約50ヶ国がオリンピック不参加を表明。日本も1980年1月にモスクワ・オリンピック不参加を正式に表明しました。

この事によって映画『甦れ魔女』は完全に公開のタイミングを外した、謂わば“出し遅れの証文”状態になってしまったのです。

観客動員が全く見込めない作品を上映しなければならないのか?……その為、東映はかなり変則的な番組編成を強いられる事になったのです。


東映は当初『甦れ魔女』の併映に、1971年に大映が製作した『夜の診察室』のリバイバルを予定していました。

『夜の診察室』はブレイク前の松坂慶子さんが主演したソフトタッチのお色気コメディ映画です。


1979年、松坂慶子さん主演のTVドラマ『水中花』が高視聴率を獲得。松坂慶子さんが歌う主題歌「愛の水中花」も大ヒットし、松坂さんは国民的人気の女優となります。その為、旧作である『夜の診察室』にも(その刺激的なタイトル故)注目が集まったのです。

『夜の診察室』を製作した大映は1971年に倒産、1974年に徳間書店によって新会社として再建されます。しかし1980年当時は大映は直営劇場を持っていなかった為に、東映に委託する形でリバイバル公開する事にしたのです。


しかし、一部のスポーツ新聞が『夜の診察室』を「松坂慶子主演の幻のポルノ映画」と取り上げた事で事態が思わぬ方向へ転がります。(実際には『夜の診察室』は一般映画でありポルノ映画ではありません。しかし、このスポーツ新聞の記事を鵜呑みにした人はかなり居た様で……私のクラスメートも“松坂慶子の、にっかつロマンポルノ”と、間違いにも程がある騒ぎ方をしていました)

当時、松坂慶子さんがレギュラー出演していたTVドラマ『江戸を斬るⅤ』(東映が制作協力)のスポンサー(一社提供)である松下電器が東映に対し「『夜の診察室』の上映は松坂慶子さんの、ひいては『江戸を斬るⅤ』のイメージを損なう事になる。上映を強行するならスポンサーを降りる」と抗議してきたのです。

これにより東映は『夜の診察室』のリバイバル上映を断念する事になります。

一時期は『ミスターどん兵衛』『夜の診察室』の2本立て上映も検討された様ですが、それも不可能となりました。

(因みに大映は、全国の劇場に公募を呼びかける事で4月5日より『夜の診察室』『おさな妻』の2本立て上映を行なっています)


『ミスターどん兵衛』は山城新伍さんがCM出演していた日清食品をスポンサーにして製作したコメディ映画で、山城さんが監督と主演を兼ねています。

『夜の診察室』の上映を断念した東映は『甦れ魔女』の併映に『ミスターどん兵衛』を据えようと山城さんに打診しますが拒否されます。(理由は言わずもがな……)

その結果、『ミスターどん兵衛』は『白馬童子』との2本立て上映(山城新伍まつり?)となります。

『白馬童子』は山城新伍さん主演で1960年に放送されたTVドラマシリーズ。TV放映直後に第1〜2話を編集した『白馬童子 南蛮寺の決斗』(51分)、第3〜4話を編集した『白馬童子 南蛮寺の決斗 完結篇』(50分)が第二東映で特別娯楽版として劇場公開されています。

『ミスターどん兵衛』の併映は、この2本の特別娯楽版を上映したものだと思っていましたが、当時の上映劇場のタイム・スケジュールを見ると、どちらか1本だけ(『白馬童子 南蛮寺の決斗』のみ?)の上映だった様です。


『仁義なき戦い 総集篇』は、1973年〜1974年に公開された『仁義なき戦い』シリーズ5部作から、1〜4作目を中心とし5作目はエピローグのみを抜粋編集した、上映時間3時間44分(二部構成)の作品。

編集が大胆すぎる為、一見さんお断りの内容となっています。

『甦れ魔女』の代打的作品として急遽製作された様で、シリーズ5作を手掛けた深作欣二監督は(角川映画『復活の日』製作の為)『総集篇』には全く関わっておらず、土橋亨助監督の手による編集との事です。


『山口組三代目 総集篇』は、1973年公開の『山口組三代目』と1974年公開の『三代目襲名』を編集した作品。『総集篇』の上映時間とシリーズ2作を足した上映時間が殆ど同じなので、『仁義なき戦い 総集篇』の様な大胆な抜粋編集はされていない様です。

この作品は、上映に関する詳しいデータが残されていないのですが、恐らく1980年4月5日が封切りだと思われます。


『最強最後のカラテ』は1980年1月19日に東映洋画の配給で公開された、極真空手のドキュメンタリー作品。

『ポール・ポジション』は1978年9月15日に東映洋画の配給で日本公開された、F-1カー・レースを捉えたイタリアのドキュメンタリー作品。

“カラテとF-1”という、当時の男子の琴線に触れるドキュメンタリー映画の2本立て再映です。


「東映まんがまつり」は1980年3月15日公開番組。4月5日と6日は春休み最後の土曜日と日曜日なので、ファミリー向け番組という事もあり、4月6日迄続映した劇場があったのです。上映作品は……


『世界名作童話 森は生きている』

『仮面ライダー 8人ライダーVS銀河王』

『タイムボカンシリーズ ゼンダマン ピラミッドの箱の謎だよ!ゼンダマン』

『銀河鉄道999 ガラスのクレア』

『花の子ルンルン こんにちわ桜の国』


……奇しくも?『世界名作童話 森は生きている』は、ソビエトの児童文学を東映動画が劇場アニメ化した作品です。


以上の6番組から、全国の各東映邦画系劇場が任意に選択した作品を上映する事になったのです。

私の地元の名古屋の東映邦画系劇場では……


「名古屋東映」(名古屋東映会館内)では4月6日迄は「東映まんがまつり」の続映。5日の深夜興行のみ『山口組三代目 総集篇』を上映。4月7日〜11日は『甦れ魔女』を上映。4月12日より『山口組三代目 総集篇』を上映。

(同じ名古屋東映会館内の「東映パラス」は4月5日と6日は『甦れ魔女』を上映、4月7日より「東映まんがまつり」の続映という、名古屋東映との入替えの番組編成。尚、4月19日より『ミスターどん兵衛』『白馬童子』を続映)


「ロキシー劇場」は4月5日より『ミスターどん兵衛』『白馬童子』の2本立てを上映。


「上飯田パレス」は4月6日迄「東映まんがまつり」を続映。4月5日の深夜興行と4月7日以降は『山口組三代目 総集篇』を上映。


「堀田東映」は4月6日迄「東映まんがまつり」を続映。4月7日より『最強最後のカラテ』『ポール・ポジション』の2本立てを上映。


「内田橋シネマ」は4月5日より『最強最後のカラテ』『ポール・ポジション』の2本立てを上映。4月12日より『最後最後のカラテ』『処刑遊戯』の2本立てを上映。


(参考までに、「駅前プラザ」で4月5日より『夜の診察室』『おさな妻』が上映)


……となっています。

1980年4月5日の時点で、名古屋では『仁義なき戦い 総集篇』は公開されていません。


そして4月19日からは各劇場揃って『薔薇の標的』『クレージーモンキー笑拳』の2本立て上映となっています。



『甦れ魔女』

1980年 日本/ソビエト

東映/モスフィルム/ソヴンフィルム合作公団

【出演】

西郷輝彦

磯貝恵

横手房江

タチアナ・ワレシエヴァ

ヴァレリー・リジャコフ

アクワセイ・モクローソフ

三橋達也

菊池真由美

中村玉緒

丹波哲郎

【監督】

佐藤純弥


『ミスターどん兵衛』

1980年 どん兵衛プロダクション

【出演】

山城新伍

川谷拓三

泉ピン子

梅宮辰夫

加賀まりこ

佐藤蛾次郎

せんだみつお

寺田農

中尾ミエ

野川由美子

【監督】

山城新伍

【音楽監督】

五木ひろし