チャールズ・ブロンソン主演の『狼よさらば』は1974年に公開されました。


……ニューヨーク在住の建築設計士のポール・カージー。ある日、街のチンピラ達に彼の妻が殺害され、娘は暴行され精神に大きな傷を負ってしまう。

ポールは警察に通報、捜査が始まる。しかしニューヨークではこの様な事件は日常茶飯事で、捜査は一向に進展しない。


世界でもトップクラスの治安大国の日本に住んでいる身からすれば、ここまでの描写が映画的な誇張ではなく現実的であると聞いて、(当時の)ニューヨークに対して恐怖と驚きを感じたものです……


……捜査が一向に進まない事に苛立ったポールは、夜な夜な敢えて治安の悪い地区を徘徊する様になる。家族を襲撃した犯人を見つける為か?、否、警察が見つけられない犯人を、素人のポールが見つけられる筈がない。彼は夜の街で恐喝や強盗や暴行をしている者を見つけると、片っ端から殺害していく。

最初は靴下にコインを詰めたハンドメイドのビリージャックを使っていたが、ビジネスで交流のあった知人から射撃に誘われた事を切欠に、ポールは拳銃を手にする様になる。


この映画の特色の一つが、上記の展開です。家族を襲撃した犯人に直接制裁を加えるのであれば(映画的に)よくある復讐譚ですが、目の前の犯罪者を(時に挑発して)次々に手にかける主人公の姿は(相手が犯罪者限定ではありますが)無差別連続殺人者でもあります。拳銃を手にして以降のポールの姿は、ある種の狂気に取り憑かれている様にも見えるのですが……


……ポールの犯罪者狩りはエスカレート。このポールの行動は、ダウンタウンの善良な市民から“正体不明の正義の処刑人現わる”とばかりに歓迎される。彼等曰く「これまで警察は何もしてくれなかった。だが彼は俺達を救ってくれる」。

更に市民の間で自衛する事を覚える者が現われる。ある者は合法的に銃器を購入し携帯する様になり、TVのニュースでは、初老の夫人が帽子を留めるピンを使い、ひったくりを返り討ちにした事が武勇伝として紹介されている。


現代ニューヨークで、西部開拓時代の流儀が蘇ったかの様です。自分の命、家族、財産は力(銃器)で守れ!悪党は殺しても構わない!正義は我に在り……


……ニューヨーク市警の(ポールの家族襲撃事件の担当でもある)オコア警部は、処刑人の正体がポールである事を突き止め市警上層部に報告、しかし市警上層部はポールの逮捕は出来ないと言う。

処刑人の登場で、犯罪者達は自分が的にかけられるのを恐れて、或いは市民に返り討ちにされるのを恐れて、鳴りを潜める様になり犯罪発生率が半減。ここでポールを処刑人として逮捕すれば、犯罪者達は息を吹き返しかねない。そして市民やマスコミは一斉に警察を非難する様になるであろう、「一体警察は誰の味方なのか」と。

オコア警部はポールに、ニューヨークを出ていくなら貴方がした事に警察は目を瞑ると、取引を持ち掛ける。(TV放映時の日本語吹替では、オコア警部が「“狼よさらば”と言わせてくれ」と、邦題にかけた意訳の台詞を言います)ポールは、それを受け入れシカゴへと旅立ってゆく。


警察の無力、警察への不信をここまで徹底して描いた作品は例が無かったのではないでしょうか。

しかも、ポールの家族を襲撃した犯人は野放しのまま物語は終わるという無情……


『狼よさらば』は、ブライアン・ガーフィールドの執筆した小説が原作であり、その原作小説では上記の無情さを踏まえながら、主人公の自警行動を否定的に描いているのですが、映画は逆に肯定的に描いています。1960年代のアメリカン・ニューシネマの主人公の様に敗北しない辺りが、1974年製作の本作品特有の尖った処です。


映画公開当時、アメリカでは評論家からは危険な内容として批判された本作ですが、興行的にはヒットし俳優チャールズ・ブロンソンのターニング・ポイントになりました。


『狼よさらば』は後にシリーズ化されるのですが、2作目の『ロサンゼルス』は1982年の製作という事もあってか、1作目の様な現代アメリカの現実を切り取った尖った要素は抑え気味になり(過激なスプラッター描写はありますが)、娘を死に追いやったチンピラ達に直接制裁を加える内容になっています。(観客としては、こちらの方が溜飲が下がるという声もあります)


『狼よさらば』のワンシーンを思わせる様な地下鉄車内での発砲事件が実際に起き、それを受けて製作されたと言われるシリーズ3作目の『スーパー・マグナム』(1985)は……時のレーガン政権の影響もあったのでしょうか、1作目とは違う意味で問題作になりましたが、それはまた別の御話。


以降、このシリーズは『バトルガンM−16』(1987)『狼よさらば 地獄のリベンジャー』(別題『DEATH WISH キング・オブ・リベンジ』(1994))と続き、ポール・カージーはニューヨークとロサンゼルスを行ったり来たりしながら、犯罪者狩りを20年間にわたって続ける事になります。


シリーズ最終作となった『狼よさらば 地獄のリベンジャー』は、チャールズ・ブロンソン最後の主演劇場映画でもあります。



『狼よさらば』

DEATH WISH 

1974年 アメリカ

【出演】

チャールズ・ブロンソン

ホープ・ラング

ヴィンセント・ガーディニア

スティーヴン・キーツ

ウィリアム・レッドフィールド

キャスリーン・トーラン

スチュワート・マーゴリン

スティーヴン・エリオット

ジャック・ウォレス

フレッド・J・スコレイ

【監督】

マイケル・ウィナー

【製作総指揮】

ディノ・デ・ラウレンティス