私は色々とひねくれていて誰も関わりたいと思わない人間でしょう。ですが、誰もなりたくてなったわけではありません。結局は自己責任ですが、私の人格を形成した出来事を書いていきます。

①6歳までの出来事
自我が芽生えてからのことですが、幼稚園で同い年の3人から虐められていました。内容としては可愛らしいことですが、虐められてショックを受けた記憶は残っています。この頃はとても泣き虫でした。一つ年齢の下の子に泣かされたほどです。

②小学校低学年
1,2年生の時の担任の女教師が私のクソみたいな性格の型を作ったと言っても過言ではないです。ゴミ袋をとってきてと言われて持ってきたら不機嫌そうな顔で睨みつけられました。とても怖かったことを覚えています。おそらく指示されたことと違うことをしてしまったからです。睨まれている途中にクラスメイトの女の子が担任に話しかけたのですが、一瞬にして表情が変わったことが余計に怖かったです。因みに担任は睨むだけで何を指摘するでもなく私を放置しました。

③小学校高学年
この時の様々な出来事が負の性格になるように向かわせました。まだ純情な心を持っていましたが、ここで終わりです。よく私含む5人グループでつるんでいました。喧嘩をしたりしましたが、いい奴らでした。一人とは今でも連絡を取り合っています。えっと…今でも思い出したくないですが、小学校6年生のときのバレンタインの日です。私以外の友達は女子受けが良かったのか7個くらいチョコを貰っていました。一方私は0個です。笑ってしまいますよね。友達は気を使ってくれて何も触れないようにしてくれていました(その優しさがとても心に響いたけど一生治らない傷ができた)。その日の休憩時間などに可愛い女の子達が友達らにチョコをあげているのを見て「僕も貰えるのかな? ワクワク!」と言う感じでした。この時に初めて容姿格差の存在に気づきました。それだけでなくこの時の私は今でいう陰キャラだったのでしょう。今も陰キャラです。面白くなくてブサイクな人間がどうしてチョコを貰えると思っていたのか恥ずかしい限りです。

④中学時代
小学校の知り合いが多くいましたが公立中学は腕っぷしと容姿でスクールカーストが決まります。容姿が悪い私は一緒の中学になった小学校でつるんでいた友達2人しか話す相手はいませんでした。ありがたい友達です。しかしクラスが違うので話す機会は減りました。
 運動部に入ったのですが、ガラの悪い先輩に目をつけられ虐められたので教師に相談したところ、教師にチクることがダサいと同級生などに言われ無視され始め居場所がなくなり辞めました。辛かったですね。
 部活を辞めたことで時間があったので塾に行きます。この時に学歴があれば社会の強者になれると知り、早慶に行くことを決めます。
 成績が上位だったことで調子に乗り、周囲の人間が楽しそうにしていてもこいつらは将来何者にもなれないバカと断定しこっそり優越感に浸ってました。俺はこんな底辺候補とは違う、早慶に行って大企業に就職するんだ!という感じです。
 中3の時、友達二人が何人かに告白されて付き合っていたことを知りなんとなく分かっていたこととは言え憂鬱な気持ちになりました。
 何千人が受ける受験直前の塾の模試で得意な英数で満点をとってランキングに乗ったので早慶に絶対に行けると自信を持ちました。

⑤高校時代
破滅の時です。一番の進学校に行きましたが上には上がいます。埋もれてしまった私は教師からも相手にされず、段々と勉強をしなくなります。悉く担任がクソだったことで完全にひねくれます。誰も知り合いがおらず、事務的な会話以外した覚えがありません。運動会修学旅行など様々な行事をサボりまくりました。そんな奴が信頼なんて得られるわけなく冷ややかな目を向けられていました。自業自得です。学歴が全てだと思っており、唯一の誇れる学力がゴミだったとわかり自分が崩れ去りました。最近のことなのに思い出がなさすぎて殆ど思い出せません。同級生の名前なんて誰も覚えていないほどです。

⑥大学時代
進学校のため何とかマーチという大学群のどこかに入学します。それでもずっと夢見ていた早慶ではないことに絶望していました。入学式は出ませんでした。当然のごとく大学ぼっちとして過ごしました。しかし、ある日限界がきて頭がおかしくなります。ユーチューブにあがっているキチガイ系の動画にハマり真似をするようになりました。夜に自転車に乗って奇声をあげていました。通報されて警察に捕まり親に連絡がいきました。色々とあって休学という現在です。

面倒くさいので話は色々と省略してます。まだエピソードはたくさんあります。もうね、人生どうでもいいです。眠っている間に終わってくれたらなあという感じです。