神 優作オフィシャルブログ「NEXT JOURNEY」Powered by Ameba -247ページ目

チュンチュン・・・






(木漏れ日の差す書斎。)




チュンチュン・・・






(シュボ・・・チリチリ・・)


パイプに火をつける87歳になった神老人。





(フゥ~~~~~・・・)


大きくタバコをふかす神老人。







「もうかれこれ60年以上も前の事じゃ・・・


懐かしいのぉ~~・・・」






ポツリと老人が語りだした。





「そうじゃ、この前はTRFのライブに出たとこまで話したなぁ~・・・」


「その後はこんな事があったんじゃ・・・」






     上京物語  ~第一章~








あの日、TRFのステージに立ってから、


プロの世界により強く憧れを抱き、


まだ若干18歳だった俺はどうするという方法も今いち見つけられず、


がむしゃらに踊っていた。




前にも言ったが、


札幌とは言えど、やはりプロダンサーとして食べて行くのは


とても大変だ。


だから常にチャンスを見つけるアンテナを張り巡らせていた。








TRFに続き、チャンスが続いた。





当時TRFのSAMさんがやっていた、ダンスのTV番組。


「RAVE2001」というものをご存知だろうか。


昔からダンス番組というものはいろいろあったらしいが、


そのRAVE2001という番組が俺ら世代の全盛期の番組だ。


しかもSAMさんがやってたというおかげで、


深夜番組なのにとても有名な番組になっていた。




TRFがライブをやりに来た時に、


そのRAVEの札幌大会もあったのだ。





もちろん出るに決まってる。




俺はしゅーやを含め4人でダンスチームをやってたのだが、


何せ急な話だったので時間もなく焦っていたが、


でも、その時一緒に踊ってたメンバーは


心のどこかで「これはチャンス!!」と思ってたはず・・・


少なくとも俺は思っていた。そんな気持ちで必死に練習してた。







そして、見事、札幌大会優勝!!





東京で踊れるチャンスを勝ち取ったのである。









その次の週には東京大会。


浮かれる間も無く、新しいネタを作り、


いざ、東京へ!!





今は無くなったが六本木のベルファーレが会場だった。



僕達が会場に着くと、


たまたまその前日が番組オンエアーで、


並んでる人達が「あれ、北海道のチームじゃね??」


みたいな感じで言ってくれてて、


「うわ、テレビの影響ってすごいなー」


なんて思った記憶がある。






そしてその東京決勝大会にはそうそうたるメンバーが。


もちろんスバ様も居たのである。


当時面識はないが、こっちはテレビ見て一方的に知ってたので、


「うわ!!すばるさんだ!!カッケーー!!」


とか思っていた。




まあ、そんな豪華面子の中で、


僕ら田舎もん代表は捨てる物もなく、


ただただ自分たちの踊りを見せた。




すると、


SAMさんから、


「基礎が出来ててパーフェクトだね」とお褒めの言葉を。


マジで嬉しかった。


結局優勝は出来なかったものの、


すごい大きな経験をして帰ってこれた。






北海道に帰って来て、


東京に対しての思いがより強まって、


いろいろ今後の事を考えだした時、







運がまわってきてた。


チャンスが続いたのである。









そのTV番組のスタッフさんから連絡があり、


「君達に会いたい人が居るから一度東京に出て来れないかな?」


なんだ?どういう事だ??


と思いつつ、東京に行くと、


某大手プロダクションの方が、





「今ダンスブームだからこっちでいろいろやってみないか?」





完全に運が良かった。


だが、運が良いとは別にみんな努力してた自信はあった。


だから素直に受け入れて、


僕とシューヤ、もう一人が上京する事になった。










本当にその何ヶ月かが、人生を大きく変えた出来事続きで、


自分自身その流れについて行くのがギリギリだったが、


親も、俺が急に出て行くと言って


少し寂しそうだった。


でも俺はこの機会は絶対に逃したくなかったから、


すべてを置いて東京に戦いを挑みに行ったのである。


ここからが始まりだと胸に秘めながら。


19歳の夏だった・・・





次回、「本当に上京」の巻







完全に小説風に書きました。


出版社の方、いつでも連絡待ってま~~~~すドキドキ

神の子の上京物語。〜本当の序章〜


みんなの短すぎる!!って突っ込みに


思わず自分で笑ってしまいました。笑


ごめんね。笑









さてさて、


この物語は一人の人間を大きく左右させた人生の軌跡である。














続く・・・



嘘。笑





上京の前に、少しだけダンスの話から入った方がいいかな。


もともと、高校2年生くらいの時に本格的にダンスを初めて、
(ダンス自体はもっと前から遊びみたいな感じは触れていた)

僕のお師匠さん的な方が居るんだけど、


その人の元でダンスを習っていて、


クラブデビューしたり、ダンスコンテスト出てみたり、


高校時代はそんなダンス生活をしてました。


まあごく普通のダンス少年です。






そして、高校卒業が近づいた時に、


みんな進路もちゃんと決めるじゃないですか、


もちろんうちの親も、大学に行って欲しいって感じでした。


でも、僕の中でその時なりに、


「何で大学行くんだろう?」


と思った訳です。


今考えると、素晴らしい疑問だなと思いました。


だって、理由がわからないで、


もしかしたら将来役に立つかもってかなりあやふやな感じで、


高い金出して大学に行ってもさ。結果良い方向に行く可能性はあるけど、


絶対とは限らないでしょ?笑


これから行こうとするみんなも、


そこはしっかりと考えて、


理由と意味を自分で理解してから行ってほしいと思う。



まあ俺はたぶん自分自身にやりたい事があったから


そんな堂々と思えたんだろうけど。





その時ZIN少年はそう思っていたのですが、


それでも、やっぱり親の事を考えると、


っていう葛藤がずっとありました。




結局そんなうやむやな気持ちで大学を受ける事にしました。


選んだ大学は、近くて、理系だったから。近所の工業大学。笑


無いでしょ、この理由。完全行く気なし。笑




でも、単純に負けず嫌いなところでは、


受かって断ろうと思っていたので、


勉強は必死に真剣にしました。







でもね、そんな情熱では受かりませんよ。


もうね、これは運命としか思いようがなかったんだけど、


普通に回答欄を間違えて書いてたよね。笑


まあプラス思考がちょいちょい出る俺は、




「あ、・・・やっぱり行くなって事だ!!」



みたいな自信満々に思い、


ずっと気になってたダンスの専門学校に行く事になりました。






もうね、これは今でも本当に親に感謝してます。


訳のわからない学校にさ、大金はたいて長男を入れるなんて、


しかもうちは裕福な家庭では無い事はわかってたし、


親は絶対嫌だったと思うんだよね。


でもその当時の俺には、自分で出せる金額では無かったので、


本当にわがままを言ったと思います。


でもたぶん俺のパッションを信用してくれたんだと思います。


本当最高の親だと思います。




それで、その専門学校に行く事になり、


ある意味、ダンサーZINの人生がスタートしました。










が・・・・・・


神様・・・あんた・・・意地悪だね・・・








正直、それまでは、ダンスでやっていきたいな~


っていう気持ちはあったけど、


お前のすべてをかけられるか?


と聞かれるとそこまでではなかったと思う。









学校がわずか半年で倒産。







一限目が無かった僕は、遅れて学校行くと、


大勢の生徒が学校の前に号泣してるんです。


何事かと思い入り口に行くと。




「誠に勝手ではございますが、

    諸事情により学校を閉鎖する事になりました。」





って感じの張り紙一枚。


もちろん学校スタッフは居ないし、


電話繋がらないし・・・。





とりあえず意味解らないから家帰りました。





誰も居ない家で冷静になると、


心に傷が付いた感じがして、


涙が込み上げてきました。






今でも覚えていますが、


親に何て言えばいいんだろうって事しか思いつかなかったです。




その後、


親に何て話したかは覚えていないけど、


学校は無くなってしまった事は変わらぬ事実で、





何日間かポッカリとした感じで過ごしていました。


でも、その時にはすでにダンサー仲間として、シューヤだったり、


他のメンバーも居たので、とりあえずダンス頑張ろうと思い、


元の生活に戻りました。






そして、その後間もなく、


チャンスが訪れました。


「TRFライブ地方ダンサーオディション」


田舎にはこういうチャンスは滅多にありません。




見事受かりましたよ。


俺もしゅーやも。


そこで初めて本当のプロの舞台に立って、


「これでしょ!」


って思いました。





ちなみに余談ですが、


スバッスーはもっと前からTRFの元で踊ってらしく、


その時の地方ダンサーの衣装も使い回しで、


俺かしゅーやの衣装にはSUBARUって名前書いてありました。笑


完全にその時から繋がってたね。笑







その辺りの良いも悪いも大きな出来事がきっかけで


ぼやけた感じではあったけど、TOKYOという世界が


少しづつリアルに感じられて、


興味を持ちはじめていったのです。








次回、「上京」の巻。












なかなか上京出来ねーなーー笑 


話長過ぎ 笑

最近、

tune up のオーナーさんのブログに出て来る、


「ゴリさん(仮名)」という方が


マジでウケます。


ここ最近のsou氏の記事はマジ笑います。笑


知らない人が見てもたぶんアガります。笑


http://ameblo.jp/sou-nagashima/






今日もスタジオで振り作り&発表会リハをしてたので、


ちょっぴり疲れました。


なので触りだけ・・・










上京物語 ~序章~









そう・・・


忘れもしない。


僕が東京出て来たのは19歳の時でした・・・
















続く・・・