「グロリア・アルティス」賞を受賞し、華やかにデビューしたものの、後に一曲も書けず、いつも不安に苦しむ作曲家J。
音楽的天性に恵まれながら、記譜が出来ないS。彼らは長年の友人であり音楽的ミューズである。
Jはクラシック界で著名な教授Kを訪ね、再び作曲を始めるが、頻繁なる冷評と重圧に勝てず泥酔し交通事故を起こしてしまう。
5/1
キャストによって程度の差はあれ、二人三脚で上手く行ってたじゃないかというおっとりしたSと、(不相応に大きな?)賞を取った重圧と劣等感と嫉妬でぐちゃぐちゃのJ。
自分が音楽を生み出すためにはお互いが不可欠な2人に、俗物なんだか怪物なんだか、音楽至上主義のKが加わり繰り広げられる物語。
美しい音楽は美しい感性から生まれるような気がするので、教授のところに行かず、牧場とかでしばらく働いて心の汗を流したら良かったんじゃないかな、J君。
という、根本的なボタンの掛け違いが、見ている間中心に引っかかってしまう。
最初にドアから入ってくるジチョルJが、中身のない亡霊のように見えて、ちょっとドキッとした。
人生はそうやって生きるものじゃないんだよー、と思いながら舞台から目が離せなかったので、私の負け。
5/26
やはりこの作品と仲良しにはなれないと悟った。
譜面に写し取るだけじゃなくて、鼻歌程度を素晴らしい楽曲に構築する才能があるんだから、編曲家になればJは大成功するんじゃないか?
なぜ作曲家にこだわる?
Sにしても、記譜くらい学べよ!そういう技術的な問題じゃなく、モチーフを発展させて楽曲に構成する才能が無いってことなのか?うーん、よく分からない。
Sは教授に曲を提供したお金で授業料を払ったらしいけど、そんな裏を知らないJはKをすごい先生だと思ってるわけで。曲を聞いて気が付かないものかな。
この前のマチネに〈ソム〉を見たのでドキュメンタリー頭になっていたのか、はたまた遺族の苦しみを無いことにしている脚本に腹が立ったのは〈IF〉の影響なのか?
狙った相手はいなくなった方が良い人間のクズとKは言う。もしかすると遺族に感謝される場合もあるかもしれない。そういう事はあるかもしれない。だからって許されるわけじゃない。
なぜかこの日は特に「내 취향이 아니다〜」となってしまった。(通算7回目観劇)
前回は牧場で働け
今回は編曲家になれ
どうも見方がズレてるってことは、やはり波長が合わないのだろう。
家の間取りを見に行ったのに、家全体の形状とか材質とか環境とか、とにかく家の外に気になる箇所が多すぎて、中まで目が向かないイメージ。玄関から中に入れない。