ハンス:まだこの音楽は完成していないんだ。世界は暗黒の魔法に支配されているままだ。でも心配しないで。この音楽が完成すれば魔法は解けるから。
戦:マリは彼の音楽の中で、自分を覆っていた暗闇がゆっくりと薄れていくのを感じた。
芸:戦争の砲声が彼の音楽の前に鎮まっていき、世界中が彼の音楽に耳を傾けた。もはや戦争の騒音など聞こえてはこなかった。
戦:全身を包みこんでいた苦痛は消え、彼女の体は幸せな歓喜に包まれた。
愛:彼女は歓喜の舞を踊りだした。
芸:彼女の身振りが空間を横切ると、ここは戦場の中の危険な場所ではなく、情熱と活気が溢れる場所へと変わった。
戦:それぞれ国籍も違い人種も違うが、皆一緒に幸せな夜のひとときを楽しむ人々の明るい声。
愛:誰かは詩を詠み、誰かは歌を歌う。一緒に踊ったり、絵を描いたり、演劇のせりふをつぶやく人々で、カフェはいっぱいになった。
客(芸):さあ皆さん!今日も無事に生きて集まったのだから、笑って芸術とお酒を楽しみましょう。
支配人(戦):いいですね!皆さん、このお二人に拍手をお願いします。 皆さん、カフェは何があろうと公演を中断しません!
店員(愛):今日の公演はロミオとジュリエット!
客(芸):例の実験的な公演ですか?いいですね!早く始めましょう。
(人形のように動くマリとハンス)
支配人(戦):ロミオ、もう行かれるつもりですか?夜明けまでまだ間があるのに。不安に震えるあなたの耳に聞こえるあの声は、朝ひばりではなく夜ウグイスです。 あの夜ウグイスは毎晩、あのザクロの木の上で歌うのです。本当に夜ウグイスでした、ロミオ。
店員(愛):ジュリエット、朝を予告するヒバリだった。夜のウグイスではなかった。ほら見て、遠く東の空、散らばる雲の間から頭を出すあの夜明けの光を。楽しい朝日は霧深い山の尾根から伸びています。私はここを離れて命を留めるか、残って殺されるかのどちらかです。
(人形のようだったマリーとハンスは、自ら動いてキスをする。マリーとハンスは自分たちの世界の中で音楽を演奏し踊る。道化たちはこれを見守る。)
愛:愛の苦悩ほど 甘いものはなく
愛の悲しみほど 楽しいものはなく
愛の苦しさほどの 喜びはない
愛のために死ぬ以上の 幸福はない
芸:人生とはバラの木であり
芸術はその木に咲く花だ
戦:人は悲鳴とともに生まれ苦痛とともに生き
結局絶望して死ぬのだ
避けることはできない
芸:現実は幻想のようなもの
幻想は現実のようなもの
夢見る者にはその境界線は無意味だ
愛:マリーとハンスの幻想はそうやって続いた
戦: (砲声)しかし!外は依然として戦地
マリとハンスの現実はそうやって続いた
愛:そうやって愛は続いた
戦:そうやって戦争は続いた
芸:そうやって芸術は続いた
ー終わりー
う〜ん。どうですか?とても深いお話のような気がする。しかし、ここが深いんですよと説明するほど整理ができない。
どの道化が主導権を握るかによって、物語がどちらに流れて行くかが決まるシステム。それぞれの道化たちは「しかし!」と言葉を継ぎながら、どうにか自分の個性に近い物語にしようと努力する。
他の2人が話を希望のある方に持っていくのでそれをホンワカ眺めていると「戦争」が冷水をかけるように現実的な言葉をぶち込んでくるのが、ピリリと辛い青唐辛子のように目を覚まさせる。
興味深かったのは、物語を掌握しているかのような「戦争」がハンスの動きに驚くような表情を見せるのか2回あったこと。
王女を助けにいく童話の劇中劇で、最後「芸術」が勇者(ハンス)にピアノを弾かせようとするシーン。ピアノに向かうハンスは頭の中に砲撃の音が溢れてきて最初諦めようとする。それを見た「戦争」は「そうさ、それが現実なんだよ」と言うようにニヤリとほくそ笑むのだが、ハンスは再びピアノに向き直って演奏し始める。振り返って驚くその時が1回目。
2回目は連合軍から逃げたハンスがカフェに戻ってくる所。これは他の道化たちにとっても驚きだったが。
この辺から舞台を創造する「神」である道化たちの意思から離れて、人間が勝手に?動き始めたような気がして興味深かった。
最後のロミオとジュリエットも、道化の語りに合わせて操り人形のように動いていたマリとハンスがすっと背を伸ばし、滑らかな動きで互いに近づいてキスをする。
この時は人間が物語の創造者で、道化たちは一歩下がって見守るというふうに、立場が入れ替わった気がした。
こうして愛も芸術も続くが戦争も続くわけで、なんら状況は変わっていないのだが、苦しみはあっても喜びはあり、戦いは続いても、いつか人間の音楽が完成すれば悪い魔法は解けるのかもしれない。
あるいは結局、芝居小屋で演じられた滑稽な物語を一編観ただけのことなのかもしれない。
(追記:閉幕の記事には「戦争のような現実だが、愛と芸術があるので生きていくことができるというメッセージを送る」とあった。そんな感じで良いわけか。ふむふむ。)
(追加2:2回目観覧後の感想。「爆笑しながら観ているのに、最後は戸惑いが残る。結局『愛も芸術も絶える事はないが戦いも終わらない。』救われないけど「幻想童話」だけに、人間の救いは幻想なのか?虚しい!」
記事のまとめと2回目の感想をミックスしたら、私のミックスジュースができあがった。制作側が見せるヒーリングポイントは、戦いは終わらない中での愛と芸術による限定的な救い。私にとって、戦いが終わらないなら救いではない。
だから暖かいヒーリングに包まれる作品、という説明が違和感でしかなく、「戦争」が挟んでくる現実が気になって仕方なかったのだろう。やっとスッキリした。厳しい現実の中でも生きる喜びは感じることができる、その点では大いに共感するが「生きていくことができる」だけでは満足したくないのが私の感想だ。
さて、実際に観たキャストはこちら。
1回目
愛の道化:ソン・グァンイル
戦争の道化:チャン・ジフ
芸術の道化:ウォン・ジョンファン
ハンス:パク・キュウォン
マリ:ハン・ソビン
2回目
芸術の道化:ユク・ヒョンウク
他は同上
「愛」は小柄で童顔なグァンイルさん。とても似合っていた。役的にいつもちょこまかして甲高い声を出しているのだが、「戦争」が担当している支配人をやらせろと駄々をこねるシーンで、支配人らしい低音の深い声を出せと言われると、とても良い声を出してらした。きっと全く違った役でも素敵にこなすのだろうと思った。
「戦争」はチャン・ジフ君。好きだ。ミュージカル界でも長身を誇る俳優さん。「キング・アーサー」のランスロットがお初だった。同時期に上演されていた「ホープ」にも出ていたが、そちらでは観るチャンス無し。「1446」でも観たがどうも作品自体の印象が薄いので…。
3人のうち一番カリスマとパワーを持っている存在だし、ちょっと残酷な面も持っているのだが、憎めない面もうまく出していた。演技のツボを押さえて表情豊かにドカンドカン笑いを取っていた。
3人の道化たちが並ぶと大中小で綺麗に身長差があるので、それだけでもカリカチュアを見るようで楽しかった。
「芸術」だけはダブルキャストを観ることができた。インパクトは弱く見えるかもしれないが、振り幅の大きい「愛」と「戦争」の間に立って全体のバランスを整える重要な役回りだと思う。2回目のヒョンウクさんは「シラノ」でパン屋を好演された方。意外と言ったら失礼だが、かなりパントマイムが上手で、その場での連続片手側転も披露してくれて、すごい動ける!とびっくりした。
ところで、道化と訳した「광대」はピエロとも訳されるが、「笑う男」のグィンプレンも「광대」である。