有安杏果さんがももクロから離れて一か月以上経ちました。有安さんについてはあまりツイッターで語って来なかったけれど、ブログでは少し語ってみようと思います。
有安さんは「普通の女の子になりたい」と言って卒業を表明されました。この言葉は四十歳以上の人ならかつて聞いた事が有りますね。キャンディーズが1978年に解散をする時に放った言葉でした。しかし、その後キャンディーズのメンバーはそれぞれ芸能界復帰しているのでよく分からない言い訳となってしまいました。なので川上氏がこのコメントを流用して有安さんに言わせたのではないかと勘繰った年配ノフは少なからずいたのではないかと思います。それほどに使い勝手の良い理由ではあるなあと私も感じた、ですが。
その後の川上氏やメンバー、有安さんの言動を見ているうちに「これは有安さん、本当に普通の女の子になりたがっている」と思えてきたのです。
有安さんが一番力を入れた活動は歌でした。しかも自作の歌。歌に関しては他のメンバーとは次元が違う実力の持ち主の有安さんでしたが私は作曲はともかく、作詞が弱いなと思っていました。物心がつく前から芸能活動をしていて普通の人と違う感覚で大人になったからでしょうか、言葉が感情に対して空回りしていると感じていたのです。個人的な思いを普遍的な言葉で表現し更に自分の言葉として消化しきらないと、なかなか他人には届かないのです。しかし、それでも世の中に溢れている歌の中では質が高い方だったと思いますが。
自分の言葉を探す旅は自分の孤独と向き合う事から始まるのです。ラジオで、お花見もお祭りも行ったことが無くて、れにちゃんに「今まで何やってきたの—」と笑われてしまった自分。自転車を乗る事を覚える暇もなかった自分。おそらく無駄な時間の使い方など知らなかった自分。 それらと有安さんは向き合ってなお、自分の王国で留まらずに人に届く自分の言葉を探さなくてはならくなった時、自分の中の大きな欠落に気づいたのでしょう。その欠落感が「色鉛筆」という曲の中に現れていたと言ったら穿ち過ぎでしょうか。そして自分の孤独と向き合っている「色鉛筆」は良い曲だと思います。
それでも作っているうちに言葉を紡ぐことも上手くなっていったはずです。ももクロに所属していれば、作れば作っただけ音源の形にでき、歌えば歌っただけ多くの人に聞いてもらえたはず。それでもそれらを全て投げ捨てるほどの喪失感とは何だったのでしょう。
私は大学生時代の「失恋」だったのではと思っています。アイドルだからこそ手に出来なかった死ぬほど辛い恋をしたのではないのかなあと、まあ、勿論、私の勝手な想像ですが。でも、そうだとしたら色々腑に落ちる事もあるのではないでしょうか。
本来なら私の専門外の有安さんについての邪推なんかでは無く、専門であるれにちゃんについて語るべきだったのでしょうが、読書が少ない内に吐き出しておこうと思い書き出しました。読んで頂きありがとうございました。