さ て今年もれにちやんの誕生日がやってまいりました。そして私は「ももクロ妄想話第三集」として、今年もれにちゃんに捧げるお話を創作していたのです。前日のブログに慌てて前二作を掲載したのは、そうです今日の為の前振りでございました。読んでいただけたら、これ幸いでございます。

 

     暴れん坊将軍「吉宗、アイドルに諭されるの巻き」  作 じき・すずき

    

 その日、徳川八代将軍吉宗はまあまあ忙しかった。本丸で老中連との会議が長引き、その後二の丸で決裁書に目を通す事半時、一通り政務が終わった時には未ノ刻(午後二時)をやや過ぎていた。

 「ああ、もう仕事飽きちゃったなぁ、おい有馬、越前を呼べ!」

 紀州以来の腹心の臣、有馬氏倫(ありまうじのり)にそう申しつけると吉宗は床に大の字に転がった。

 「ああっ、暴れたいなぁ!畜生!」

 今は成り行き上、徳川将軍として政務をこなしているが、故郷の紀州の藩主を務めていた頃から暴れん坊で鳴らしてきた吉宗であった。

 

 しばらくして時の江戸南町奉行、大岡越前守忠相(おおおかえちぜんのかみただすけ)がやって来た。

 「やい越前の守、最近解決ならぬ押し込み殺しなどの凶悪事件はあらへんか?余が直々に解決いたすぞ」さっそく吉宗はそう意気込んだ。

 これには大岡忠相、また将軍家の悪い癖が出たと心中苦りなのだが、そこは当代きっての切れ者名奉行、顔色一つ変える事は無かった。

 「上様のはからいの御かげで江戸市中いたって平穏で御座ります。今日も、商いにおける争議数件にて、大方裁きは終わりましてござる」

 「くわーっ、つまらんの越前。お前のそのぶっちょう面と変わらぬくらいつまらん・・・」

吉宗はつまらなくてイライラしながら平伏する大岡忠相の周りを廻っていたが、やがて何かを見つけてニヤッと笑った。

 「おっ!お前の裃(かみしも)からはみ出したるその根付(ねつけ)、それは市中で人気の『えんパナ(江戸のアイドルグループえんじ色花しょうぶ乙の略)』の物であろう」

 流石の切れ者、大岡忠相もこれには焦った。まさか当代一の名奉行がアイドルのグッズを身に着けていたとは、なんと誤魔化して良いものか、ただ押し黙り平伏するばかり。

この様子を見た吉宗、大いにゴキゲンとなり

 「まぁ忠相、恐縮することはないぞよ。余も有馬もえんぱなの事はようく知っておる。なぁ有馬」そう言って有馬とそろって左腕を忠相に向かって差し出した。

 二人の左手首に巻かれていたものを見た忠相はビックリ仰天、それは、えんぱなのライブ会場で売られている中でも特にレアな五色の南蛮組紐(なんばんくみひも)で編み込まれた腕輪であったのだ。忠相は羨ましいことこの上なく、ただすがり見るばかりであった。

「わっはっはっはっは。余ら、とっくに、えんパナの贔屓筋(ひいきすじ)なんや。羨ましいか越前、こりゃ限定販売品やからのう。まぁ、大店の旦那衆か大名しか手に入らん代物やで。されど将軍家の余が手に入れるは、何の苦労もかからぬことなり。羨ましいか!そうやろ、そうやろ!羨ましいに決まっておるわいのう、わっはっはっはっは」

 すっかりゴキゲンになった徳川家八代将軍吉宗。出立いたすとのたまわれた。

 「おいっ有馬、馬を持て。えんパナの所に遊びに行くぞ。おいっ半蔵!先に向かっておけ!」

 

 江戸時代には我々が思っている以上にアイドルは多かった。もちろんその筆頭は吉原の花魁達なのだが、彼女達に直に会えるのは金持ちの大名か大店の店主くらいのものだった。だから庶民はしかたなく遠目に花魁道中を見学したり花魁が描かれた浮世絵で楽しんでいた。

しかし、庶民にも会えて親しまれたアイドルがいたのだ。茶屋娘の奇麗どころを大勢集め、絶対的センターの笠森おせんが率いた「談合坂四十七女」も有名だったが、江戸の庶民のアイドルブームの火付け役となり、一大センセーションを巻き起こしたのは「えんじいろハナショウブ乙(略してえんパナ)」である。

 茶問屋の娘で身体能力が高くアクロバテックな踊りとえくぼで庶民を虜にしたリーダーおかな。そのおかなにいつもピッタリとくっついている甘えん坊だが、火消し鳶の娘で身の軽いお玉。水産の大店の娘で唄いも踊りも達者なお杏。下級武士の娘であるが幼い頃から踊りの天才とうたわれた佐々木あや。そして菩薩のような優しい微笑みと美声で江戸っ子を魅了した茶屋娘の高城屋れに。この五人娘「えんパナ」の人気は凄まじく江戸の演芸小屋では客が納まりきれないほどであった。

 

 えんパナのメンバーがその日の稽古を終え休んでいると、吉宗の身辺警護をする御庭番の半蔵に吉宗の来訪を告げられていたマネージャーの大田南畝(おおたなんぽ、江戸中期の狂歌師・戯作者。別号は蜀山人、広く交遊をもち、天明調狂歌の基礎を作った。)が客人がメンバーに会いに来るのでまだ帰るなと告げた。

 「えっ、客人ってあの新さんなの」

 「お侍はいやだねぇ、あの人わっちに側室になれって言ったんだよ」

 「わっちにも言ったし」

 「気味悪いオヤジだねぇ」

 メンバー達が文句を垂れていると間もなく、旗本の三男坊徳田新之助を名乗る吉宗がやってきた。

 「やあやあ、えんパナの諸君ゴキゲンはいかがかな。皆の人気者新さんが遊びに来たよ」

 「・・・・・・・・」

 「ふーむ、ちょっとキゲンよろしゅうないわな。これならどうじゃ、京より下りし人気のきんつばを土産に持って来たんや。江戸市中では手に入らない上ものやで」

 これにはメンバー、ゲンキンなもので我先に手を伸ばしぱくつきだし、場がなごやかになった。その様子に吉宗さっそく切りだしてきた。

 「南畝によれば明日は公演も稽古も休みだという、どうじゃ明日はワシの別邸に皆して遊びに来ぬか」

 「えー、どうしようかなぁ」いくら、食べ物に釣られたとは言えメンバー達は迷っている。しかし吉宗どうしても遊びに来て欲しい。腹心の有馬に何やら耳打ちされ知恵を授かりポンと手を打った。

 「そうや、芝浜の別邸に遊びにきたらよろし。お主らの見た事も無い珍しい鳥や獣がおるよってに。そうじゃそうじゃ、そうしよう。使いの籠(かご)もよこしますがな」そう勝手に決め込んだ。

 しかしその言葉に真っ青になったのは魚屋の娘お杏。大の動物嫌いで特に鳥類が苦手だったのだ。

 「わっちにはその誘い無理でありやすー。さようならー」慌てて帰ってしまった。

 そして菓子を両手に持っていた佐々木彩も

 「あっしは、明日親戚の法事で行けませんわ。あっ、この余った御菓子を包んでくださいね。帰ってからも食べますんで、あっ、ありがとうございますー、じゃごきげんよう―」とさっさと帰ってしまう。

 だが、これに落胆している吉宗を見ていて、おかな、お玉、れにの残る三人は申し訳なくなってきたのか、明日は遊びにいくと言ってくれたのだった。

 

 明けて翌日、吉宗は張り切っていた。公務を午前中で切り上げると、有馬と半蔵のみを供に早馬を飛ばし現在浜離宮と呼ばれている御殿で、「えんパナ」メンバーの到着を待った。やがて迎えの籠が着くと自ずから出迎えた。御殿に着くとそのあまりの広大な敷地に三人のメンバーは目を回した。

 「こりゃどうも新さん、ただ者じゃないね」

 「ホントはどこかの殿さまじゃね?」

 そういぶしがるメンバー達を、さっそく吉宗は得意げに動物小屋に案内した。

 「まずは南蛮より取り寄せし、麝香猫(じゃこうねこ)じゃ」

 ジャコウネコと言っても鼠に似たその可愛らしいなりに、メンバー達の歓声があがった。

 「かわいいー」

 「何これ、信じられない」

 「初めて見たー」

 動物好きな、おかな、お玉、れにの三人はすっかりこの小動物の虜になってしまった。得意になる吉宗。徳川家にオランダより献上された動物図鑑を幼少の頃より愛読していた吉宗は将軍職に就いてからというもの、中国の商人に言い使い様々な動物を輸入していたのだ。ここぞとばかりに次々とマイペットを見せつけるのであった。

 「これは天竺から取り寄せしクジャクじゃ」

 「わぁーっ綺麗!」

 「これはペルシャのオウムじゃ。これも綺麗やろ」

 「ホント綺麗。うわっ、しゃべったー!」

 「これは本朝に数羽しかおらん火食鳥」

 「なにこれっ、デブデブしてる。かわいいー」

 「次のダチョウはもっと大きいぞよ」

 「信じられないー!」

 メンバー達が素直に驚き喜んでくれるから吉宗もすっかり嬉しくなってしまった。おやつに富士の氷室から運び込んだ氷菓子を御馳走すると、馬場に連れて行き西洋馬に乗せてあげるほどのサービスぶり。すっかり遊び疲れてそろそろおいとましようとするメンバーに最後の見世物があると言った。

 「これはホンマに驚くでぇ」

 

 芝の海辺近くに設けられた浜御殿の敷地のほぼ中央にひときわ大きい小屋が見えた。ちょっとした御屋敷位の大きさがある。吉宗はえんパナメンバーを引き連れワクワクしながら向かったのだが、近付くと何だか様子がおかしかった。

 「何だか騒がしくない?」おかなが歩みを止め小屋の方をうかがうと、ドスンとかガツンとか重い音が聴こえて、何やらその度に男達の叫び声も聞こえる。一同は顔を見合わせた。

 その刹那「パオーーーーーン」とひと際大きい咆哮(ほうこう)が轟き小屋の壁が破られ、大きく空いた壁の穴から巨大な生物が顔を覗かせた。

 「何あれ!」えんパナメンバーが立ちつくす。

 「こりゃ、あかんっ!」吉宗が小屋に向かって駆けだした。どこかに隠れて見守っていた有馬と半蔵もいつの間にか現れて吉宗の後に続いた。

 パオパオ吠えつつ巨大生物は暴れに暴れ、とうとう壁を破壊し尽くして、その全様を表した。巨大な体躯に巨大な頭。振り回す異様に長い鼻。そしてパタパタとうごめく巨大な団扇のような耳。

お玉が叫んだ。

 「わっち知ってる!あれは象だよ。象が京から江戸に下る途中で深川を通った時に評判になってたから見に行った事あるよ!」

 のっしのしと小屋から出てきた象は高く鼻を振り上げ「パオーーーーン」と再び咆哮した。首に巻き付けられ伸びた荒縄に数人の男達がつかまり、象の歩みを何とか止めようとしているが、ズルズルと引きずられている。

 その前に駆け付けた吉宗ら三人、すらりと刀を抜くと象の前に立ちはだかった。

 「これ以上暴れるでないっ。これ以上暴れると余自ら御手打ちに致すぞ!」

 吉宗、大見栄を切るが光りものを見た象はかえって興奮したのか暴れ出す。グワッ、ガシャッ、ドタドタとすがり付く男達を蹴散らすと、長い鼻で吉宗、有馬と半蔵の三人まとめて払い、すっ飛ばしてしまった。男達の阿鼻叫喚の中、象はますます興奮し駆けだし、とうとう、えんパナの三人に迫ってきた。頭を抱えて座り込む三人。パオパオと迫りくる象。口元から真っ直ぐに伸びた二本の牙が恐ろしい。

 「ああっっ、あかんっ!」

 地面に這いつくばっていた吉宗が叫んだ瞬間だった。

 高城屋れにがすっと立ち上がり、懐から取り出した五寸ばかりの金属棒を膝に叩いて象に差し向けたのだ。

 

 すると驚く事に、猛り狂っていた象の歩みが次第にゆっくりとなり、とうとう終いにはれにの前で立ち止り、荒かった鼻息も静かに、膝を折り大人しく地面に伏したのだった。

 

 れには棒を象の耳に近付け、優しく頭に頬を寄せた。そして優しく象に語りかけた。

 「だいじょうぶ、だいじょうぶ、だいじょうぶ。もう怖くないよ。」

 場が静かになると、れにの持つ金属棒からは「ピーーーン」と不思議な音が鳴り続けている。おかなとお玉は恐る恐る立ち上ると涙をいっぱい溜めた瞳で、れにと象の様子を覗いた。

 「れに、ありがとう。れにって凄いね。その棒は何なの?」

 おかなの問いに、れには優しく象の頭を撫でながら答えた。

 「これは茶屋の常連さんの唐物商いのおじいさんに頂いた、すてんぼるぐっていう物なのさ。南蛮琴の音の調子を合わせる為に使うんだ。膝で叩くと音がして、その音を聴くとわっちは何やら胸がすっと落ち着くんだ。もしかして、こんなに大きな耳をお持ちのこの子も落ち着くんじゃないかと思ってさ」

 すっかり落ち着き、目を閉じて静かにすてんぼるぐの音を聞き入る象を、動物好きなおかなとお玉も優しく手で撫で始めた。

 すると、吉宗が近付いてきた。

 「おおっ、高城屋れによ、ようやった。まこと見事であった。そこな獣、成敗するよってそこを離れなさい」

 見ると吉宗の後ろにはいつの間にか駆け付けたのか、大弓や鉄砲を構えた男達が数人控えていた。

 「やめて!」お玉が怒った。

 「この象は長崎でつがいの相手が死んじまったと聞いているよ。寂しかったんだよ。新さんアンタどこの殿さまか知らないけど、アンタの都合で遠い異国から連れて来て、少し暴れたからって殺しちまおうなんて酷過ぎるよ」

 吉宗、そう言われて一瞬言葉に詰まったが

 「そうは言っても見てみい、けが人も出ているんや。また暴れ出したら今度は死人がでるやも知れん。その上年間三百両もの大喰らいや、飼うとはおけん」

その言葉におかなも怒った。

 「ほぉんとっ勝手なんだからっ、そんな事言ってると私達の公演出入り禁止にするからねっ。新さんだけじゃない、アンタの家来も全員出入り禁止っ!」

 これにはさすがに天下の八代将軍、徳川吉宗もしゅんとしてしまった。

 「分かった、分かった。それだけは勘弁や。この象の事は良きにはからうから、もう勘弁や。もう、かなわんのう!」

 

 やがて、荒れた場も片付けられ、象は松の一番大きな松の木につながれて大人しく草を食んでいる。そして呼ばれたお帰りの籠が着くと、れにが吉宗に頭を下げこう申し出た。

 「新さん、ありがとう。象の沙汰よろしゅうお願い申し上げます。今日は三人しかおりませんが、お礼に歌い踊りましょう」

 これには吉宗喜んだ、まさにプライベートなシークレットライブ。将軍といえどもこんなに直近で観た事は無い。何故だか何処からか取り出したるのか、有馬と半蔵、三味線を抱え持っている。他の家来たちも棒やらバチやらを手に持ちそこら中の鳴り物たたいて拍子を打たんと待ち構えた。

おかなが満面の笑顔でその様子を見渡しこう告げた。

 「それでは皆さん聴いてくださいっ。えんじいろハナショウブ乙で『走りゃんせ!』」

 

 笑顔が止まらぬ

 心はおどり止まらぬ

 君の元へいざ

 走りゃんせ、走りゃんせ、走りゃんせ・・・・

 

 さて本編この話、無事大団円でめでたしめでたしと相成ったが、その後この大暴れした象は民間に払い下げとなり競売にかけられ、中野の大百姓のなにがしとか言う者に買い取られ見世物になったという事である。今でも浜離宮恩寵公園には象がかつて飼われた場所が休憩小屋辺りに偲ばれるとか。チョン。

 

                 ― 終 ―