ショート・ショートと呼ばれる短編小説があるそうな。

 

 

当記事はショート・ショートの第4作目。タイトルは「スマートフォンを持つ女」

 

 

 

 

 

俺は地方の私立大学で大学職員をしている。管財課という部署で働いており、課内の職員は60歳間近の男性課長と20代後半の事務職員の女、そして俺だ。

 

 

管財課とは大学の清掃管理や警備や大学キャンパスの営繕工事などを担当する部署であり、俺の仕事は主に営繕工事の管理だ。俺の前職はゼネコンの施工管理職であり、中途採用という形で大学に入職した。前職を活かせる仕事ということもありこの管財課に配属され、学内の営繕工事管理をしているのだ。

 

 

事務職員の女の仕事は主に学内で働く警備員や清掃員の労務管理。労務管理と言ってもやる仕事と言えば勤怠管理や給与計算くらいのルーチンワークであり、それほど難しいものではない。

 

 

そのためか、彼女の給料は決して高くはない。俺も彼女のプライベートな事まではよくは知らないが、何でも病身の母親がいて、彼女がその面倒を見ているとか。その為なのか、暮らし向きはあまり裕福ではなく、携帯電話すら所有していないという今どき珍しい女性だ。

 

 

俺が働いている大学は地方の大学ということもあり、学生集めには毎年苦戦する。特に昨今の深刻な少子化傾向で毎年定員割れを引き起こし、大学の経営も苦しい。そのためか、管財課のリストラを実施するという噂も流れている。3人いる職員を1人にする、というものだ。

 

 

 

 

 

 

 

ある朝、いつものように出勤し、PCに向かいメールのチェックなどをする。俺の毎朝の日課だ。メールを1つ1つ丁寧にチェックしてみると、見慣れない送信者からのメールが目に入る。本文を確認してみると、何と「自殺誘導アプリ」などと書かれている・・・

 

 

「メールに添付されたアプリケーションは自殺誘導アプリケーションです。これをお持ちのスマートフォンなどにダウンロードし、自殺して欲しい人の情報を入力すると、その人は自殺する」

 

 

といった内容だ。

 

 

「ふん。自殺アプリだなんて、ばかばかしい。」

 

 

俺は一笑に付しメールに添付されたアプリなど開くことなく、メールごと削除した。まあ、何かのいたずらメールであろう。ひょっとしたらおかしなウイルスメールかもしれない。そう言えば総務部から不審なメールは即刻削除するよう通達も出ていた。削除して正解だ。

 

 

 

 

 

 

 

俺は今、勤め先である大学の最寄り駅にいる。退勤しプラットホームで電車を待っているのだ。この駅は不便な駅で、特急電車は停車せず、各駅停車しか止まらない駅なのだ。

 

 

「高速でこの駅を通過する特急電車に身を投げれば、苦しむことなく死ねるだろうか・・・」

 

 

俺は今そんなことを考えている。

 

 

もし、俺が今死ねば管財課は2人になる。課長は定年間際なのでリストラなどしなくともすぐに職場からいなくなる。そうなればあの女事務職員1人が職場に残りリストラされる心配もなくなる。経済的に苦しい生活をしている彼女にとってはリストラは回避したいところだろう。

 

 

俺の頭の中には、過去の思い出が走馬灯のように現れては消えてを繰り返す。幼稚園時代から始まり、小学校、中学校、高校、大学、社会人・・・何かの本で読んだことがあるのだが、人間は死ぬ間際になると、過去経験してきたことを順番に思い出すとか・・・

 

 

「今思い出したのだが、あの女事務職員だが、今日の昼休み時にスマートフォンをいじっていたな・・・節約のために携帯電話すら持っていないの人が何とも珍しかったので、覚えていたのだ・・・それにしてもスマートフォンで何をしていたのだろう。通話ではなく、何かのアプリを操作していたような感じだったなあ・・・」

 

 

 

 

 

答えが分からないまま、俺は轟音を響かせながらプラットフォームに向かってくる特急列車に身を投げた・・・