ショート・ショートと呼ばれる400字詰め原稿用紙20枚くらいで収まる短編小説があるそうな。

 

 

 

磁界もショート・ショートを作ってみました。ショート・ショートは当ブログでは第三作目。タイトルは「非常灯の輝き」

 

 

 

 

 

 オレはとある地方の小さなビル管理会社で電気設備担当社員をしている。顧客企業が保有するビルや商業施設の電気工事をするのがオレの仕事だ。仕事自体は好きで不満はないのだが、ただ給料が安くて困っている。しかしながら会社は昇給には全くの無頓着で何とも腹立たしい。

 

 

 勿論、オレもそんな会社に対していつまでも黙って従うつもりなどない。今のオレの任務は駅近の大型商業施設での電気工事なのだが、この仕事が一段落したら転職するつもりだ。そんなオレが転職先として検討しているのが隣街にある大手工場の設備保全の仕事だ。大手だけあって給料も良く、経営も安定している。オレとしては是非とも応募したいのだが、如何せん応募条件に英語力が必須と明記されている。

 

 

 オレは工事の腕前には自信があるのだが、英語は全くの苦手。かといってこのまま転職を諦めるのは悔しいので、オレは英会話スクールに通うことにした。駅前にあるスクールで、概ね週2回ほど仕事が終わった午後8時くらいにスクールに通い勉強しているのだ。

 

 

 

 

 

 

 そのスクールの教室は駅前の古いテナントビルの5階にあり、1階からエレベーターで5階にまで上がればすぐに教室の受付にたどり着く。オレはいつものように1階のエレベーター前で上昇ボタンを押下しエレベーターの到着を待っていた。ふと横を見るとひとりの女の子がオレのそばで同じようにエレベーター待ちをしている。白肌が美しく、顔立ちの整った女の子。顔立ちや制服姿である事から察するに、おそらくは駅の近隣にある音楽学校の生徒さんだろう。

 

 

 駅の近隣には音楽や舞踏を専門に教育する女子高校があり、全国的には有名な学校だ。入学試験が非常に厳しく、入学するためには容姿端麗で、かつ、厳しい声楽や舞踏の試験を突破しなければならない。従って、入学を許された生徒は皆美貌に優れ、音楽や舞踏の上手な人たちばかりだ。

 

 

 エレベーターが1階に到着し、オレと女子学生がエレベーターの中に入る。女子学生が5階のボタンを押す。どうやら目的地は同じであるようだ。エレベーター内天井にあるLED蛍光灯から降り注ぐ白い光が女子生徒の白い肌をより一層白く美しく照らしていた・・・

 

 

 

 

 

 刹那。エレベーターが横揺れし、ガタンと音を立てて緊急停止する。「何事だ!」とオレは声を上げる。天井LED蛍光灯が消灯し、代わりに小さな電球灯が点灯する。

 

 

 さすがのオレも最初は驚いたが、一連の状況から何が起こったのかすぐに理解できた。この近辺で地震が発生し、エレベーターが緊急停止したに違いない。加えて地震で近くの変電所が被災し、このビル自体が停電になったのだろう。天井の小さな電球灯は非常灯であり、バッテリーが搭載されていて停電時に自動的に点灯する仕組みなのだ。

 

 

 

 

 

 緊急停止中のエレベーターの中で、オレと女子学生とが密閉された格好だ。どうしたものか・・・

まあ、設備に精通したオレの経験で言えば、地震の震度から考えて停電は一過性のものだろう。電力会社が保有する他の変電所から直に再送電され、やがてはエレベーターも再稼働するだろう。

 

 

 しかし異常事態に不安を感じているに違いない女子学生を前に、大の男であるオレが復旧までただただ黙って立ち尽くしているだけというのも体裁が悪いと思い、オレの方から口火を切る。

 

 

 「大丈夫だよ。心配いらない。地震による一時的な停電ですぐに復旧するよ。まあ、それまでしばらく待とうじゃないか・・・」

 

 「・・・はい・・・」

 

 「ところで、あなた、このビルの近所にある音楽学校の生徒さんかい?」

 

 「・・・ええ、そうです・・・」

 

 「そうか。やっぱりね。そう思ったよ。・・・何と言うか、顔立ちに品格があるから・・・やっぱりそうだと思ったよ。」

 

 「・・・・・」

 

 

 

 会話が続かない。まあ、当然と言えば当然か。17歳くらいの女子学生とオレのようないい年をした成人男性とでは共通の話題などあるはずがない。ましてやエレベーターの中で密閉された状態だ。気楽に会話を続ける事自体無理な話だ。だからと言って復旧までただただ黙っているのもいかがなものか。オレは何とか共通の話題を見つけようと努力を続けることにした。

 

 

 「ところで、あなた、5階の英会話スクールの生徒さんだと思うけど、どうしてスクールに通っているんだい。音楽学校では英語の授業はやっていないのかね?」

 

 「・・・ううん。英語の授業はあるわ。ただ、授業時間はあまり多くはないの。私、将来はアメリカでミュージカルスターになりたくて、英語の勉強をしているの・・・」

 

 「へえ、それはすごいね!」

 

 

 

 オレは純粋に驚いた。まだ若いのにしっかりとした目的意識を持っている彼女の人柄に感動したのだ。

 

 

 「実はオレも目的があって勉強しているんだ。今は駅近にある大型商業施設で電気工事をやっているんだけど、近い将来大手メーカーの工場に転職しようと思い、それに備えて英語の勉強をしているのだよ。」

 

 「ええ!あの大型商業施設で働いているのですか?それは凄いですね!私、あそこにあるお店が大好きで遊びに行きたいのですが、音楽学校のレッスンが忙しくてなかなか行けなくて・・・」

 

 

 「へえ・・・あなた、あそこが好きなのかね。そうそうあそこにはいろいろなお店があるよね。特に有名なのはチョコレート菓子のお店だね。ヨーロッパの王室にも提供している歴史あるお店でね・・・」

 

 

 オレは施設内のお店の話題を詳述する。勝手知ったる自分の職場の事だ。話題には事欠かない。女子学生は眼を輝かせながら聞いている。まさかこんな身近に共通の話題があるとは思わなかった。天井から降り注ぐ非常灯の電球色の優しい光が、女子生徒の整った表情をより一層優美にみせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 エレベーター内の天井にある電球灯が消灯し、代わって白色のLED蛍光灯が点灯。エレベーターがゆっくりと上昇運動を始める。どうやら停電が復旧したようだ。5階に到着。

 

 

 「楽しいお話をありがとうございました。」

 

 

 女子学生はオレに笑顔を見せながらエレベーターを出る。蛍光灯の白い光が女子学生の美しい笑顔をより一層美しく輝かせていた・・・

 

 

 

 

 

 

 5階英会話スクールの受付に到着し、オレは受付にいる事務員に停電でエレベーターに密閉された顛末を話す。事務員は苦々しい表情を浮かべながら返事をする。

 

 

 「それは大変でしたね・・・実はスクールの教室もすべて電気が消えて大変な目に遭いましたよ・・・」

 

 

 「やはりそうか・・・まあ、でも短時間で復旧してよかったよ。それにエレベーターに閉じ込められたといってもひとりぼっちではなかったからね。こちらの生徒さんと一緒だったしね。」

 

 

 「え・・・おひとりではなかったのですか。本日はまだお客さんおひとりしか登校されてませんが・・・」

 

 「そんなはずないよ。エレベーターに閉じ込められたのはオレともうひとり女子学生の人の2人だよ。駅前にある音楽学校の女子生徒と言ってたよ。色白で肌の美しい整った顔立ちの人だよ。」

 

 

 オレの話を聞くや否や、事務員の表情が一変する。

 

 

 「その人って、ひょっとしてミルちゃんのことかしら・・・ミルちゃんは音楽学校の生徒さんだったんだけど、先月に亡くなっているの・・・このビルの屋上から飛び降りて・・・飛び降りた原因は分かってないんだけど、よく音楽学校のレッスンがつらい、レッスンなんか辞めて大型商業施設で遊びたいって言ってたわ・・・」