古稀を過ぎたトリトンのブログ -64ページ目

古稀を過ぎたトリトンのブログ

団塊世代よりも年下で、
でも新人類より年上で…
昭和30年代生まれの価値観にこだはります

 

  前回話題に取り上げました「同棲」を、近々わが息子が始めるやも知れぬと申しました。かういふ事態は、男性よりも女性の側にとつて、生活に劇的な変化を及ぼすのではないかと存じます。

 昨今は晩婚化、無婚化の風潮で余り言はれなくなりましたが、かつて女性は概して20歳代の10年間に人生を左右する出来事が立て続けに起こつたものです。大学卒業、就職、結婚、出産… とまあ、すさまじいラッシュと言はざるを得ません。

 

 それに引き換へ男性はお気楽と申すべきでせうか、己を振り返つてみても20代の頃はまだ学生気分が抜けきれない部分がございました。これは現代でも、女性のアラサーに比較して、男性の20代が如何に子どもっぽいかと感じる方は多いのではないでせうか。

 

 息子は就職してまだ半年にしかなりませんが、外泊数が徐々に増えて参りました。もともと私に似て人づきあひが良いと申しますか、要するに酒好きなのです。

 

          ◇

 

 私は神戸の大学を卒業し、就職先がやはり神戸の食品メーカーで、これまた神戸の百貨店に派遣勤務してをりました。その後、暫く外食業界に居たあと、新神戸の印刷会社へ転職しましたが、学生時代より三宮あたりに住まひする友人には事欠きません。百貨店終業が午後8時、そのあと遊びにゆくと大概深夜12時くらひはあつと言ふ間です。終電に乗り遅れますと、これら三宮、二宮方面の友人宅へ転がり込み、一夜の宿を借りるのが習慣となつてをりました。

 

(画像はお借りしました)

 

 JR三宮駅の南側、今で申しますとミント神戸がある場所には神戸新聞会館がございました。側壁に巨大な富士山が描かれてゐたビルです。 

 今回の舞台は、その新聞会館の裏。現在サンシティが在るあたりは国際(ブラック?)マーケットと申しまして、それは品の良い(笑)木賃宿や立飲み屋が林立致しをつた場所でございます。

 

 尼崎に住みながら小学校~大学時代を神戸で過ごし、このすぐ近くに親友宅があつたため事情を仄聞してゐた私は、見るからに危なげな風情でもあるゆへ近寄りませんでしたが、たまに泥酔した親父さんがこの路地へ迷ひ込んで、立ちん坊の女性に誘はれ、安酒を飲まされ、風呂敷一枚で仕切られた隣室(と言つても一畳)へ連れてゆかれ、見ぐるみ剥がれてパンツ一丁で放り出されてゐたものでございます。

 

 このあたりは終戦直後から大規模な闇市で、それから長年月経過し、私が社会人になつた頃でも上記と大差ない環境でございました。JR 三宮東高架下は今は夜行バス乗り場になつてをりますが、この辺りには夜になると40歳から60歳くらひの女性がポツリポツリと立つてをりました。

 

 新神戸の方角から残業に疲れて歩いてくる私が「兄ちやん、安うしとくよ」と声をかけられ、見れば我が母よりもずつと年長の女性ばかりだつたのを覚ゑてをります。真偽の程は存じませんが、70歳くらひの女性になるともう枕代も取れず、代はりにラーメンをご馳走してもらふのだと、人から聞いたことがございます。

 

 愛ちゃんと呼ばれる老人に出逢つたのは、この頃です。

           <次号につづく>