愛ちゃんは、このJR 三宮東高架下からほど近い二宮町といふ下町に住まふ、(昭和58年当時)推定60歳前くらひの男性でした。
私が冬の早朝、JR三宮駅で下車して、新神戸の印刷会社へ通ふべく高架沿ひに東へ歩いてゆきますと、くだんの新聞会館辺りを、箒(ほうき)とちり取りを持つて背中を丸くして掃除してゐる老婆が目に入りました。
考へ事をしてゐたので下を向いて歩いてゐた私は、ちり紙を出すためポケットから手を出す際にハンカチを落としたのに気づきませんでした。
すれ違ひざま、「おーい」と声をかけられたので、くるりと振り向きますと、箒を抱へて想像を絶するやうな格好で立つ人物が私を睨んでをりました。灰色ジャージの上下を着た上に、ピンクの婦人用パンツとキャミソールを着け、黒いコートを羽織るといふ、凄まじい出立ちです。
私が愛ちゃんと初めて出会つた辺りの現在
(写真はお借りしました)
思はず絶句する私…。これは露出狂の女性か、と思ひましたがよく見れば、顔は真つ黒でどう見ても男性。髪は白髪半分、前歯は抜けて1本しかない口を開いて、私に「落ちたぞー」と叫んでゐるではありませんか。
「あ、どうも…」と答へてハンカチを拾ひ上げ、急ぎ足で去つた私ですが「今のはいつたい何なのだ…」
次に見かけたのは夕方の帰り道。くたびれたジャンパー姿でハンチングを被つた男性が、一輪の白い花を持ち、先日キャミソールを着てゐた老婆(今日は緑色のスカート)に差し出してゐるのを目撃しました。どう見ても求愛してゐる雰囲気です。でも老婆が「あかん」「絶対あかん」と拒否してゐる声が聞こゑます。立ち止まる訳にもゆかづ「今のはいつたい何だつたのだ…」と後ろ髪引かれる思ひで、急ぎ足で帰途につく私でした。
その数日後の夜半、やはり残業後の帰り道に「今日は凍(しば)れるから、ちよつと熱燗でも…」と思ひついた私は、一度も入つたことのない薄暗いカウンターだけの立呑み屋の暖簾をくぐりました。
奥の方では既に出来上がつたオヤジが数人、クダを巻いてをりました。なるべく目を合はさぬやうに、頭を巡らせた私の目に入つたのは、まづシャツを捲り上げた腕に彫られた刺青です。まだ未完成といふより、資金不足で諦めたのか黒筋しか入つてをりません。
一旦、私は前を向いたあと、しばらく置いてその刺青の主の顔をちらりと窺ひますと、何と先日の老婆! 思はず目を大きく見開いた処で、目が合つてしまひました (oh my god!)。
むこうも私を見てをりますので、私は致し方なく、小さく会釈をします。白髪が乱れて、恐ろしい山姥のやうな面構へ。私に何か大声で話しかけるのですが、まるで獅子が吠ゑてゐるやうで意味不明です。
これは不味い展開になつたなあと思つた処へ助け舟。カウンター内に居た女将が「愛ちゃん、もう今日は帰り!」と大声で一喝。愛ちゃんと呼ばれた人物は不服そうな顔をしつつ、千鳥足で店を出てゆきました。
この話を、二宮に住む知人に話した処、彼は破顔一笑のあと「お前、愛ちゃんに声かけられたんか」。愛ちゃんはこの辺りでは普(あまね)く知られた人物だつたのです。
聞けば、愛ちゃんは女装してはゐるが男性。前回お話し申し上げました新聞会館裏、国際マーケット内の青線で長らく生計を立ててゐたさうです。無邪気な容貌で人気者だつたさうですが、今は引退して、商店組合に頼み毎朝掃除をして小金を貰つてゐるとのことでした。
その後も出退勤時に、私の方から「おはやうさん」、愛ちゃんは歯の無い口を開けて「あー」と挨拶は交はすものの、見るたび毎に聴覚も脚力も衰ゑてゆくのが判りました。
数年後、私は二宮高架下の道路で腹這ひに寝そべる愛ちゃん(今日はえんじ色のスカート)を見ました。道ゆく人々が迷惑げに遠巻きで通過する中、愛ちゃんは何か呟いてをります。そんな状態が3日ほど続きましたが、その後ついに見かけなくなりました。
無縁仏として葬られたのを知つたのは、それから三月ほど後のことでした。
〈完〉


