日本のお正月は、年を追ふごとに「お正月」らしさがなくなつてきたと思ひませんか?
数十年までさかのぼらずとも、玄関を飾る「注連縄(しめなわ)」は、いかな貧しい家でも飾られてゐたものでした。ところが、近年はほとんど見かけることがなくなりました。門松ともなれば、自然破壊などといふ理由で、自粛させらるやうになつて久しいですね。
晴れ着、雑煮もいまや一部の家庭に残つてゐる風習に過ぎないといふ報告もあります。
私が子供の頃、お正月は町中が休みとなり、どこの家庭でも新年を迎へるといふ「神を迎へる」儀式的な厳粛さがありました。
飲食店は必ず「お正月料金」でしたし、一月二日の初売りには初詣にも似た賑はいと華やぎがありました。お正月とは「お正月といふ神」が支配する時間ではなかつたでせうか。
昔は、お正月は不便でした。世間の皆が休んでゐたからです。しかし同時に、その不便が楽しく有意義だつたのではないでせうか。独楽回しや凧上げ、家族で遊ぶ百人一首や双六…不便ならではの遊び方と団欒がありました。
ちなみに、おせち料理は日頃家事に忙しいお母さん(主婦)に、正月くらひは楽をしてもらふために、傷みにくく日持ちのする味付けをするといふ説もあります。「山の神」への感謝と言へないでせうか。
現在は如何でせう? 人々が便利を追ひ求めた結果、ふだん日常とほとんど変はりない時間が流れてゐるにすぎません。「お正月」といふ特別な時間は一体どこへ行つてしまつたのでせう…。
いまやお正月といふ「神」が消ゑつつあります。
日本の歴史と伝統の衰退が、実感として迫ることに脅威を覚ゑる私は、神経質過ぎるのでせうか。
さて今年のブログはこれを以て打ち止めと致します。皆様、良き新年をお迎へ下さいませ。合掌
