昭和30年代当時の百貨店の構造は、最上階に大食堂がございます。全フロアが一個の食堂なのです。
これは或る有名な百貨店オーナーの哲学で「人間といふものは、腹一杯になると財布がゆるむ。最上階で食事をした客は、降りて来る時に店で金を使ふ」ものなのださうです。哲学と言へば聞こえは良いですが、早い話が豪商の謀略、悪知恵に過ぎません。
さて、今日の話題はその大食堂です。大食堂の入り口には、駅の切符売り場と同じやうな食券売り場があり、まず此処で昼食のメニューを決めねばなりません。
覚ゑてをられる方も多いと存じますが、当時(昭和30年代)の百貨店大食堂は、現在のように家族が一緒に一つのテーブルを囲めるとは限らないのです。
現代のレストランでは、ふつう入口に待合席が設けてあり、空いたテーブルへ順番に店員が案内してくれます。それが公平といふものですし、顧客に対するレストランのサービスとして、当然のもてなしといふべきでせう。
ところが百貨店大食堂では客が自由に店に入つて来るのです。十人掛けくらひの円形テーブルが、フロアに何十と置いてあり、客は空いた席へ我先に坐るのです。何しろ、大食堂は正午前くらひから超満員になります。席に坐つて食べてゐる人の後に並ぶのですわー。
若い読者の皆様、信じられますか!?
例へば家族4人が居たとしますと、父親は奥のテーブル、姉と弟は手前のテーブル、母親は子供の横に立つて隣の席が空くのを待つてゐるといふ風景が、あちこちで繰り返されるのです。満員の社員食堂、否それよりも、帰省客で満員となつた電車の自由席を想像して頂くのが、最も近いやも知れません。
「お母ちゃん、坐らへんの?」
「大丈夫や、この隣の席がもうすぐ空くから」
と、隣席の見知らぬ小父さんをうらめしげに睨みつけるのです。
これでは客は、ゆつくり食事を楽しめるわけがありません。
十人掛けのテーブルには、お互い面識の無い老若男女が坐る訳ですので、当然ふところ具合も各人各様異なる訳でございます。向かいの老人が狐饂飩(きつねうどん/漢字で書かない方がいいですね)をすすつているかと思へば、その隣の小学生がステーキ定食を食してゐたりするわけで、さながら世間の縮図とでも言ふべき光景が展開されるのです。
さて母は、食券売り場で私が「ざるそば食べたい」と申しますと「もっと、ええもん食べ」と叱るのでした。そして母は海老フライ定食を頼んでをります。やむなく私は我慢をしてオムライスを頼むのですが、それでも母は不満気でした。小学生の私には「親の見栄」といふものがまだ理解できなかつたのです。
