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古稀を過ぎたトリトンのブログ

団塊世代よりも年下で、
でも新人類より年上で…
昭和30年代生まれの価値観にこだはります

 

 日本人がボリビアといふ国に持つイメージは、まず「知らない」が最も多いかと存じます。知り合つた直後のボリビア人が「ボリビアはアフリカに在ると思つてゐる人が多い」とぼやいてをつた事を思ひ出します。

 

 当時の私自身も余り偉さうな事は言へません。昔観た映画「明日に向かつて撃て」の中で、お尋ね者となつたブッチ・キャシディ(ポール・ニューマン)とサンダンス・キッド(ロバート・レッドフォード)が、最後に逃げてゆく街がボリビアで、3日に1本の汽車を降りると其処には荒れ果てた土地と原住民が居るだけだつた… といふ、いささかマイナーな印象が有るばかりだつたのです。

 

 南米事情に少し詳しい人ですと、インカ帝国、チチカカ湖、フォルクローレ音楽を想ひ出されることでせう。チェ・ゲバラの最期の地として知る人も居るのではないでせうか。そしてブラジル、ペルーと並んで、昔日本人が移民した歴史を知る人も少数ながら居られるやもしれません。

 そんな人たちでも、ボリビア人と言われて持つイメージと言ふと、肌が浅黒い、ポンチョ仕様の服を着て黒い山高帽を被つた先住民を想像することでせう。

 

 

 ところが、伊丹「アミーゴ」店で知り合つた「日系ボリビア人」らの殆どは、だう見ても西洋人としか思へない顔立ちでした。学生時代に少し学んだ「メスティーソ」といふ存在が頭に浮かびました。

 スペインが滅ぼしたインカ帝国のインディオを、征服者(スペイン人)が使用人として接してゆく中で子どもが生まれますが、それがメスティーソと呼ばれます。スペイン人はアングロサクソンとは異なり、厳格な民族差別の意識が少ないため、黒人や原住民との結婚も案外スムーズに運んだため、ここ南米に於いても比較的共存が可能だつたのださうです。

 ただ、このたび私が知り合つた「白いボリビア人」たちの中には、私たちがイメージする先住民のことを「インカ」と呼んで見下げる態度を取る人が少なからず居りました。それは恐らく所得格差が産むものと、現モラレス大統領(氏は中学卒です)の社会主義志向に対する反発が含まれるものと想像します。

 

 

 をつと失礼、難しい話になつてしまひました。先週の続きをお話ししませう。

 

 阪神淡路大震災の翌日夜、伊丹から自転車を駆つて尼崎中央へ被災した友人を訪ねた私は、公園でサッカーに興じる十数人のボリビア人に会ひました。さすがラテン系の明るさです。それに南米は欧州と並ぶサッカーの本場、私も暫く見学致しをりました。

 中でもひときわ巧みな技で人目を惹く大柄な男性が居りました。あとで知ることになるのですが、彼こそ故国ボリビアでプロ選手として将来を嘱望されたクラウレ・タケオ・フリオ・セサル其の人だつたのです。

 

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