愛車ダイハツ・デルタワゴンに最敬礼! | 還暦を過ぎたトリトンのブログ

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 このたび3月28日(土)12年間苦楽を共にした愛車に別れを告げました。

 

 母校大学で軟式野球部のエースピッチャーだつた一年下の後輩O君が、池田市で車検工場を経営してをります。関連で車の販売、自動車損害保険も扱つてをられます。

 元々、運動神経が至つて鈍い私がオーナードライバーになつたこと自体、清水の舞台だつた訳ですが、彼はそのやうな私に30年も前から車を格安で世話し続けてくれた恩人でもございます。

 このたび、4台目の中古車を購入することになりました。ついては、現在まで乗つてゐた愛車デルタワゴンを、今回廃車にすることになりました。

 

 

 今を遡ること12年前、印刷物の納品に少々大きめの車が必要となり、O君から世話してもらつたのが、当時既に製造を中止になつてゐたダイハツのデルタワゴンでした。

 折しも、息子が小学6年生で少年サッカークラブの主将だつたこともあり、毎週のやうに土日開催される試合場への移動にも都合が良いので、大変重宝致しました。

 それまで小型の車に慣れてゐた私も、他の車を見下ろすやうなワゴン車は新鮮です。これを機会に、かなり遠方で催される試合や合宿にも泊まりがけで行くやうになりました。息子も部員らを送り迎へできることで鼻が高かつたやうです。

 息子が大学に入学した頃、そろそろ古くなつた車を買ひ換へやうかとも思ひましたが、彼が免許を取得して帰つてきた時、それを延期しました。私の仕事用と併せて、彼の練習用の車として酷使されるやうになつた愛車は、見る見るうちに傷んでゆきました(苦笑)。

 

 左右とも側面は引っ掻き傷の付き放題。息子がバイト先でフェンスを倒してからは、給油口も開かなくなり、ドアの開閉不良はもちろんのことミラー開閉器具もキム・グッドマン女史の目みたひに飛び出してしまひました。マンション駐車場の隣の方にも多大な迷惑をかけました。当然、保険料はうなぎ登りに高くなつてゆきます。

 

 貧すれば鈍すではありませんが、私までフィリピーナの母娘に大追突されたこともありました。更に電柱に左ミラーをぶつけてガラスが落ちました。左側のホイールベースはいつの間にか二つとも欠落致しをりました。

 

 そのたびに表情が険しくなるO君の顔に、あきらめの微笑みが出始めた昨今、このままでは駐車場に停めておくのも恥ずかしいし、あと10年もすれば免許も返上することになるやも知れないと考へた私は、このたび4台目の最後の中古車を世話して下さるやう、1年ほど前に依頼したのでございます。

 今回O君が探し出してくれたのはトヨタのヴィッツといふ車で、新しくはありませんが、まだ数十キロしか走つてゐない美しいものです。

 

 4月初旬にも納車の運びとなり、遂にデルタワゴンとはお別れとなつた次第です。10日ほど前には、丁寧に水洗ひしつつ「12年間、よう頑張つてくれたなあ」と声をかけました。とりわけ、最後の4年間の酷い扱ひに対しては重ねがさねお詫び申し上げました。

 

 

 28日(土)の朝、雨の中をO君が引き取りに来てくれました。ご覧のやうに記念写真も撮りました。走り去つてゆく後ろ姿を眺めるうちに熱いものがこみ上げましたが、近所の人々には雨に濡れた顔にしか見ゑなかつたことでせう。

 

 通常、人は親に似るのが当たり前です。仕草も話し方もさうです。動物も、なんとなく飼い主に似ることがあるやうで、怠け者の飼ひ主の犬もまた怠け者が多いやうです。

 昔私が写真植字オペレータをしてゐた頃、私の機械は私に似てきたものです。横着な使ひ方をすれば機械の動きも悪くなりますし、清潔に使へばシャープな動きをしてくれます。今回のデルタワゴンもさうでした。心穏やかな時に乗る車は、ほんとうに優しい動きになりますし、気持ちが荒れてゐる時には擦つてしまひます。

 人生に徐々に苦難が押し寄せてきた此処10年、私自身が3つの仕事を掛け持ちして来ました頃、わが愛車も満身創痍になつてゐたのでございました。

 今後は恐らく廃車となつて、部品として使はれるか、スクラップとなるのか… 生まれ替はつてめぐり会ふときには、人の姿となつて共に盃を傾け合はうなあ、と思ふのです。

 

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