今日は前回少しお話し申し上げました、神戸新聞会館裏近くに在つた小さな映画館「ビック映劇」を採り上げませう。
この映画館が建つてゐた場所は、正確に申しますと新聞会館の南側に走る国道2号線から少し南に入つた所。現在は角に阿波銀行がございます隣のビルで、当時は屋上にリプトン紅茶の大きな看板が掛かつてをりました(写真)。
(写真はお借り致しました)
上掲の写真では(懐かしい市電の上に)陸橋で隠れてをりますが、この地下1階に、知る人ぞ知る名画館「ビック映劇」が在つたのです。
その名から察するに、正式名称は「ビッグ映画劇場」だつたのでせうが、なぜか濁音が取れて「ビック」と、まるでボールペンのやうな名前でしつかり看板が掛かつてをりました。
新聞会館内にも、新聞会館大劇場とスカイシネマといふ二つの封切館がございましたが、このビック映劇は、商業主義とは一線を画した本当の意味の名画ばかりを、必ず2本セットで組み合はせてあるのが特徴でした。嬉しいのは、その組み合はせの妙です。
例へば、「禁じられた遊び」&「悲しみは星影と共に」のセット、これは二つとも戦火の下に生きる子どもの悲劇をテーマにした作品ですね。
また「エル・シド」&「ユリシーズ」のセット、これはどちらも歴史活劇です。
或いは「噂の二人」&「さよならミス・ワイコフ」、これらはいづれも世間の噂に人格を弄ばれる女性の物語でした。
事ほど左様に、観る者の好みの傾向を念頭に置いた絶妙なコラボレーションでございます。
当時、三番館クラスの映画館で、作品の組み合はせといふものは、それは酷いものでございました。良い子が観るやうなファンタジーが有るかと思へば、同時上映として成人向き作品が平気で組み合はせてあることもザラにございました。子どもを映画館に連れて行つた親は、さぞ慌てたことでせう。私ども中学高校生にとつては、それはそれで嬉しかつたのも事実ではありますが(笑)。
特筆すべきは、私が中学生当時(昭和40年半ば)の頃、封切り館の入場料が350円(学生割引料金)でしたが、このビックは何と130円といふ、映画ファンなら感涙に咽ぶやうな価格設定だつたのでございます。
加へて、広く映画ファンの共通の趣味でもあります「パンフレット」(1部100円)が、欠かさずしつかり揃へられてゐたことも嬉しいことでした。
世に佳作と呼ばれる作品を集め、格安で良心的にファンに提供するといふ「ビック映劇」の経営姿勢は、時代を問はずサービスの手本として、いつまでも語り継がれるべきものだと確信するものでございます。