お犬様から見た序列 | 還暦を過ぎたトリトンのブログ

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団塊世代よりも年下で、
でも新人類より年上で…
昭和30年代生まれの価値観にこだはります

 長らくご無沙汰致しました。12月は繁忙期、同時並行の二つのアルバイトも強烈な忙しさで、眠る時間もなく、つひ筆を執るのが遅くなりました。おひさしぶりです。

 

 以前、冷蔵庫のお話の際にも少し触れましたが、それがし幼少の頃、我が家には「ひとみ」といふ名の犬(マルチーズ)が住んでをりました。だいたい私が生まれた昭和31年頃に飼はれ始めたやうですので、ほぼ同時期に生を享けたと考へて差し支へありません。

 

 飼い犬のジャンルとしては愛玩用に属する小型のマルチーズではありますが、この「ひとみ」は女性でありながら、生涯、飼い主である父の側近に常に控へる「親衛隊長」の観がありました。


 例へばお正月など、親戚から来客があり、家長である父を始め、母の兄妹らが茶の間で酒食を共にしてをります。宴もたけなわ、盃が回りますと、馴れたはづみで親類の一人A氏が父の肩や背をポンと叩いたとしませう。
 するとそれまで火鉢の傍らで寛いでゐたはづの「ひとみ」が、そのA氏に牙を剥いて襲いかかるのです。吠えるだけでなく、噛み付くのです(汗)。Aさん、酔ひも醒めて真つ青ですわ、そら。かういふ際には、さすが父も「ひとみ」を叱りつけ、犬小屋(と言つても玄関の土間)に閉じ込めるのではありますが、父としては内心「ひとみ」が可愛いくて仕方がないやうでした。

 

 かやうな事態は枚挙にいとまがなく、ズボンを噛み破られたり、靴を持ち去られたりした人も居りました。将に死屍累々であります。
 冷蔵庫のお話の際にも触れましたが、玄関先の犬小屋で密かに子を産んでゐた「ひとみ」が、氷屋さんの小母さんの足にガブリと噛み付いて、怪我をさせたこともあり、母が菓子折りを持つて謝りに行つたものです。よく保健所に訴へられなかつたものです。

 

 さて日常もつともこの「ひとみ」に虐げられてゐたのは、ほかならぬ私であります。
 恐らく、私がものごころ付く頃には彼女は成犬に育つてをりましたため、父の息子とは言へ、自分よりも目下の輩みたひに考へてをる様子がありありでした。二階の勉強部屋に上らむとする私の足に、毎回噛み付くのであります(涙)。幸ひ犬は階段に登る能力はありませんが、この習慣は彼女が死ぬまで続きました。それはそれは恐ろしく、慌てて筆箱などを落としてしまつても、階下で私に牙を剥いて吠へかかるため、拾ひに戻ることも出来ませんでした。


 父が「慌てて上るからアカンねん。ゆつくり堂々と上がつたらええのや」と私を叱るのですが、ゆつくり上れば足どころか尻まで噛み付くことは疑ひありませんでした。だいたいやねー、なんで私が叱られ、「ひとみ」はお構ひなしなのでせう。思ひ起こせば未だに腹立ちますわ〜(怒)。

 

 「ひとみ」は15年ほども生き、私が中学校の頃に腹水が溜まつて鬼籍に入りました。父の腕の中で父の顔を見つめ、目がかすかに曇つゆくのが見へました。父も涙を溜めてをりました。「ひとみ」は丁重にハトロン紙にくるまれ、犬の額…ぢやなくて猫の額ほどの狭い庭に埋葬されましたが、さぞ幸せな生涯だつたと思ひます。私は涙も出ませんで、正直何となくほつと胸を撫で下ろしたものでした。

 

 後年、家の補修を行つたとき、庭を掘り起こした際に「ひとみ」の頭蓋骨が出土されました。その頭のまぁ何と大きなこと(驚)。さうです、彼女の頭は、娘「マミー」の頭の倍ほどの大きさがありました。生前、「ひとみ」の病気の話をしてをりますと、自分の事が話題になつてゐるのが解るのでせう、うなだれてをりましたものです。思へば頭脳が大きく、相当頭も良くて感受性も豊かだつたのだと察せられました。

 

 先日、やはり犬好きな妻に教へてもらつたのですが、飼ひ犬には頭の中にしつかりした序列があるさうです。まず一番は、散歩に連れて行つてくれる人。二番目は、食事を作つてくれる人……と、忠誠の順序があるのだとか。はつきり、私などは「ひとみ」の序列のどれに属することもなく、ないがしろにしても何ら問題の無い、ただの路傍の石だつたのでせうね(苦笑)。