娯楽の殿堂「映画館」 | 還暦を過ぎたトリトンのブログ

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団塊世代よりも年下で、
でも新人類より年上で…
昭和30年代生まれの価値観にこだはります

 私も遂に還暦を迎へ、映画を高齢者料金で観ることが出来る齢になりました。果たして喜ぶべきか、悲しむべきかは分かりませんが…

 近郊のTOHO CINEMAS(JR伊丹やJR尼崎)に参りますと、本当に映画館は昔と比べて美しく便利になつたと、感激してしまひます。何よりも先づ、客席が急角度のスロープになつてをり、前の人の頭でスクリーンが見ゑないといふ事態がありません。これは同じ料金を払ふ身にすれば至つて公平であり、考へてみればごく当然のことなのですが、昔は決してさうではありませんでした。

 かつては新作封切り映画の、前評判の高いものを観にゆくのは大変でした。現在は消防法で座席の数以上の観客は入れないやうになつてをりますが、昔はさうではなかつたのです。同じ料金を払つてをるにも拘らず、或る人は椅子に坐れるが、要領が悪い人は立つたままといふ理不尽な事態が待つてゐたのです。

 映画館は今のやうに観客の総入れ替へといふシステムがありませんでした。言つてみれば、一度入つてしまふと閉館まで居座ることができるのです。上映の途中でも入館できますので、まずは館内に入り本編が終はるのを待ち、席を立つ人を見つけたら、いち早く飛んで行つて席を確保することが重要です。これは将に生存競争です。この競争に敗れると、次の上映の間も立つたままで観賞することになるのです。

 映画館内の左右と後方は立ち見の人でいつぱいです。そのため、まず私みたひに身長160cmそこそこの人間は、立ち見の人の前に立つ必要があります。それは容易なことではありません。早朝の地下鉄御堂筋線で、満員の中を移動するやうなものだからです。

 新作封切りは一流映画館で行なはれ、館内は清潔ではありました。
 さうでないのは二、三流館です。確かに一流映画館とは異なり、満員になることはまずありません。しかし全館これトイレの匂いといふか、クレゾールの香りの中で恋愛映画を鑑賞するといふことも日常的にありました。真つ暗の中で座席に坐れば、席にチューインガムが付着してをり洋服を汚してしまつたことも腹立たしい想ひ出です。禁煙の表示があるにも拘らず、殆どの館内は煙草の煙が漂ひ、スクリーンが曇つて見へるといふことが常識だつたのです。

 ところがそのやうな環境下でも、今のやうに娯楽の多くない時代では、映画を観るといふことはとても楽しい事だつたのです。勇ましい場面では切歯扼腕し、哀しい場面では落涙し、滑稽な場面では腹をかかへて笑ひ転げ、また美しい女優さんのクローズアップではため息を漏らす…さうです!映画館こそ「娯楽の殿堂」の名に相応しい場所だつたのです。