ふとカレンダーを見る
あ、昨日は長崎の原爆の日だった
長崎(佐世保)で生まれたのに・・・
なんだか仕事に追われて
というより、日々の通勤電車に疲れてのほうが正しいかもだけど
忘れてはいけない日を忘れていたような
焦燥感というか、哀しさというか
そんな気分になった
10歳まで佐世保で育ったので
8月9日は黙祷する日で
その昔、原爆というもので命を奪われた人たちに
思いを馳せる日だった
その後、大分に引っ越してからは
8月6日の広島の日がそれになった
なんで同じ九州なのに長崎の日じゃなくて
広島の日に登校日なんだろうって
不思議に思ってはいたけど
けど、同じ原爆の犠牲であることに違いはなく
子供なりに原爆や戦争に対して
強い怒りや憤り、悲しみを抱いて育った
社会人になってからは
地元の青年団に入ったことで
広島・長崎の日を更に深く考える機会があった
平和について学習をし
地域の体験者に話を聞き
後輩たちに語り継ぐことを続け
毎年長崎か広島に出向いていったり
仲間たちを送り出したりしていた
20数年前のことではあるけど
あの当時ですら
人類が核廃絶に向けて進むのは
まだ間に合うのでしょうか?
という問いかけがあった
「もう間に合わないのかもしれない」という
体験者の声も聞いた
今よりも緊迫した感覚だったと思う
けれどいつの間にか
そんな活動から遠ざかり
思い込みかもしれないけど
平和な生活を送っている
世界のどこかで起こる戦争に
眉をひそめ、胸を痛めはするけれど
やはり「対岸の火」であると思う
こうして、これからもまた自分だけの平和な日々を
過ごしていくのだろう
人間に生まれてきたけど
人間として忘れてはいけないものを
なにかしら置きざりにして
過ごしてしまっているような・・・
8月9日を忘れていたことに
鼻の奥がツンとしている