その日は雨だった。
シングルマザーの母は
愛情がなかったわけではないのだろうが、
俺の育児はほとんどせず、
ばあちゃんがいつも俺を見ていてくれた。
俺は忙しそうに出かけて行く母の後ろ姿をただ見送る。
別に誰かと比べるとかそういう環境でもなかったから、
そういうもんだと理解していたと思う。
ばあちゃんは、厳しいところもあったけど、愉快で、明るくて好きだった。
眉間にしわを寄せて、仕事ばかりしている母を
恋しいとは思っていなかったような気する。
その日も、母は眉間にしわを寄せた顔で車を運転していた。
「どこに行くの?」
と車で不安になって何度も聞く俺に、
「うん。ちょっとね。」
と言葉を濁していた。
子供ながらに、聞いてはいけないんだとそれから寝たふりをした。
着いた所は、郊外のファミリーレストラン。
雨のせいだろうか、駐車場はいっぱいで、
かなり離れたところに車を止めなければならなかったのだろう、
母は、小さい傘を俺に持たせると、どんどん前を歩いていってしまった。
まだ5歳児だった俺は雨の中どんどん離れていく母との距離に、
半分絶望にも似た気持ちを持って眺めていた。
20Mぐらい先に進んだ場所でハッと我に返ったのか、振り返り、
傘もささずに座り込んでいた俺に気がついた。
「一樹、ごめん。おいで。」
そう言って両手を広げた。
俺は、傘をその場に落としたまま母の胸に飛び込んだ。
「ごめんごめん。」
母は、ドロドロになった服も気にせず俺をを抱きしめた。
母の精神状態が普通でなかったことが、
子供ながらに感じ入っていたのだと思う。
「一樹、レストランに会わなきゃならない人がいるの、
だから一緒に行ってくれる?」
不安想に俺を見る母の手を返事の代わりにぎゅうっと握った。
あの日の母の手は、ひどく冷たかったことを覚えている。