朝から、緊張した面持ちの会議が続いていた。
出席者は、合計8名。
耕一のSE(SupportEnginieer)の金田とクライアント先の担当者6名(石田・村井・大和・佐川・丸田・陣川)。
テーブルの上には、電話会議用のスピーカーフォンがあった。
耕一「現在、懸案になっている残件について、前回の打合せからの進行状況を確認したいと思います。」
スピーカー向かって、声を出した。
佐川「リストを確認していただいたと思いますが、1ヵ月後のリリースを実現させるためには、重点残件の5項目がクリアしないと厳しい状況です。」
「その内、3つは解決策が出たと認識していますが・・・」
(スピーカ)「確かに、ある程度は対策が立ったが、完全に対応するには4週間は必要です。」
村井「そんなスピード感では、リリースに間に合わない!明日からでもこちらに来て、一緒に進めてはどうなんだ?!」
(スピーカ)「それは、無理です。スケジュールの調整が間に合わない。むしろ、我々の提示した必要日数は、最短で検討した結果です。」
話し合いは、平行線の様相である。耕一は、困惑した。そもそも、この話合いの主旨は双方のビジネスを進めるための会議である。
朝8:20~大森のクライアントの会議室で、耕一の属する会社(本社:米国西海岸)の時間の都合に合わせて、緊急で開かれていた。
米国側の主張は、強固である。
一方、クライアント側も開発・生産計画の遅れなどで、後に引けない。こうなると、話合いは一向に進まない・・・・そうして、1時間が過ぎた・・・・
陣川「このままでは、時間の無駄になるね。一旦回線を切って電話会議を終わろう。」
そう言って、電話回線の切断と同時に米国との会議は終わった。
耕一「すいません。なかなか思うように進められなくて、申し訳ないです。」
石田「場合によっては、早々に本社に出向きましょうか?」
村井「気持ちは分かるが、今更その時間は無いだろう?」
金田「私どもで出来る限りの対応をしたいのですが・・・せめて、御社内でのQA(Qualithy Assuarance)チェックの工数を短縮すべく、お手伝いします。」
大和「そうですね。しかしながら、当方の社内ルール上、外部の方の協力にも限界があります。」
耕一「そうですか。やはり、当方でクリアすべき必要条件を消化することが絶対ですね。」
村井「その通り、重点残件は少なからずそちらのワークマターであり、当方ではどうすることも出来ない。」
金田「すいません・・・」
耕一「取り急ぎ、これから事務所に戻り次第、内部で検討の上、再度ご連絡差し上げます。」
そう言い残して、耕一と金田はクライアントの会議室を出た。2人の足取りは重かった・・・
1998年2月中旬の事であった。
当時、耕一は米国外資系企業に属していた。主な仕事は、米国で開発・製造された製品を、大手企業の関連製品との連携を採用してもらい、発売と同時に末端の営業現場も含め、国内での販売も含め全て管理することだった。
耕一の会社は、日本国内の業界大手3社を中心に、Misrosoft WindowsやAdobe PostScriptと並ぶ、IT業界でのポジションは大変強い製品であった。特徴的なのは、ソフトウェアだけでなく、ハードウェアも併せて製造・販売していた。
ソフトウェアは、WindRiver社のVX WorksOS上で動く特殊なサーバーアプリケーションであった。またハードウェアは、MIPS系のRISCチップ(T社製)とソフトウェアと連動する特殊チップセットを搭載したブラックボックス的なものだった。
一般的には、かなり特殊な製品として存在していたが、現在はその認知度はかなり向上している。
耕一と金田は、オフィスに戻る途中、暗い面持ちで電車の中にいた。
耕一「オフィスに戻っても、本社(米国)は夜だし・・・どうしようか?・・・」
金田「とりあえず、社長交えて報告と打合せしよう・・・」
耕一「そうですね・・・」
(1時間後・・・・)
耕一と金田は、社長の井田を前に、午前中の報告をした。
井田「状況は理解したが、次期製品のリリースの遅延は認められん。米国NSDAQでの株価にも影響が出る。理由はともかく、予定通りのリリースを進めるために、何でもやるんだ!」
金田「しかし、米国本社が動いてもらわねば、先に進めない状況にあります。この点に関しては我々は何も出来ない・・・」
井田「その言い訳は、通らない。全社的に、次期製品の日本市場投入への計画は変更不可能である。それぞれの優先順位は、C/X/Rの順と決まっている。しかし、新製品の基本仕様は変わらない。よって、なんとしても3社個別対応は二の次となる。特にRは、最後となる。」
耕一「それは、調整も利かないのですか?午前中のミーティングでは、我々側の残件が問い詰められています・・・」
井田「何を言っても、米国は簡単に聞き入れてくれない。理由は、WorldWIdeでのセールスにおいて、XやCに比べてRは最下位で、その差も大きい。つまり、優先順位は最後という事に変わりはない。」
耕一「・・・・・」
井田「何が何でも、予定通りのリリースをするんだ。もし、それが不可能ならば、責任を取ってもらう。」
耕一「分かりました。」
耕一は、理不尽な経営側の要求に呆れ果てた。既に、米国外資系企業においての経験値はある。しかし、これほど強固なまでの圧力を掛けられたのは初めてであった。
耕一の思いは『日本のIT(半導体含む)産業において、真のアーキテクチャーやオリジナルの技術力は、欧米と比べると低い部分もある。しかし、最終製品の仕上がりや信頼性は、世界一である。また、欧米の文化と日本の文化は、大きく異なるが本質的に人間というのは共通点があるのが当たり前である。特にこの業界は、技術や製品に対する共通認識が広く早い点では、たの業種・業界と異なりその進歩は特に早い。よって、自分の役割は欧米の得意分野と日本の良い文化の部分に関して、如何に折り合いをつけるか?』というものであった。
しかし、今は何をどうしても、歯向かう事も許されない状況である。果たして、どうするべきか?耕一は悩んだ・・・・
これまで、耕一はこの会社に入社した時、何も知らない、分からないままであった。後説によると、耕一の入社当時、業績が好調で何としても営業担当を入れるよう本社からの指示があった。もし、期限までに人員獲得が出来ない場合は、その年のインセンティブに響くとの事であった。
外資系というのは、日本企業とは異なるルールと文化があり、日本企業では理解できないことも多い。
そんな中、入社した耕一は、最初からR担当として「何でもOK」と、社長の井田から背中を押され、独自のやり方でR社の販売を開拓してきた。結果、入社当時、40台の旧製品在庫を負い、4,000万円/年間の売上しかなかった。(製品単価約280万円-)それが、1年間で12億円/年の売上に押し上げたのである。
それでも、XとCの売上には遠く及ばなかった。特にC社は、日本市場参入の立役者で、営業担当が居なくても年間50億円ほどの売上があった。X社は、日本市場ではなかなか採用されていなかったが、欧米での売上はNo.1であった。
つまり、R社の要求は例えクライアントであってもなかなか通らない状況であった。
翌日、耕一は、クライアントの別の担当者と面談していた。
耕一「いや~、なかなか厳しい状況です。正直、次期製品の国内での発売時期によっては、御社の競合との状況が更に厳しくなりそうです・・・」
(某氏)「それは、困るな。ようやく、中澤さんところの製品に関して社内的に動き始めたばかりなのに・・・」
耕一「そうですよね・・・」
耕一「もう少し何とかせねばと焦っているのですが・・・」
(某氏)「お願いしますね・・・」
耕一「はあ・・・」
それから、3日後、耕一は井田社長に呼ばれた。
井田「それで、状況に変化はあったのか?」
耕一「今のところ、先日の指示通りで進めていますが、リリース時期に関しては、先方も納得していません。」
井田「どうせ、C社に比べたらそんなに一気に売れないんだから、発売後にソフトの入れ替えをお前ら2人(耕一と金田)で何とかすればいいだろう?出張費くらい安いもんだ!」
耕一「はあ、その通りですが、当方の都合ばかりをのんでくれるとは思えません・・・」
井田「いままで、何をしてきたんだ?前期の売上は、前期の売上として、今期は、150%増の売上が必達なんだぞ!どうするんだ!」
耕一「・・・・」
井田「とにかく、他の奴等ではこの件はケリがつかない。何とかしてくれ!」
耕一「・・・・」
耕一は、デスクに戻った。
金田「どうだった?」
耕一「いや~頑として予定は決定みたいだね・・・」
金田「ふざけやがって・・・クライアントの顔見ないで、のうのうビジネス出来ている事自体、おかしいよ!」
耕一「そうは、言っても・・・会社の方針だからね・・・」
金田「ただ、クライアントの要求は最もな内容であることは確かだし、ベンダーとしてそれに沿ったものを提供するのも当たり前だよ。」
耕一「しかし、どうするよ?我々に出来ることってあるのかな?」
金田「・・・中澤さんなら、何か出来るという過度の期待もあるのは確かだね・・・」
耕一「・・・・」
耕一は、まさに「打つ手なし」の状態であった。翌日・・・
耕一の携帯が鳴った。
・・・「おはようございます。石田です。その後、何か進展はありましたか?」
耕一「いや、何も・・・すいません。」
石田「どうも、前に進まないようですね。昨日、会議の際に米国への訪問も必要かも知れません。」
耕一「はい、その件については確認してみます。」電話を切った。
耕一は、井田へ相談にいった。
井田「それで、米国本社へ行って、何をするんだ???」
耕一「仕様に関わる懸案項目の潰し込みです。」
井田「それは、向こう(米国)が受け入れないだろうな・・・」
耕一「なぜですか?」
井田「優先順位を、かえるつもりはないからだ。更に、その要求を受け入れたとして、一体売上の上乗せにどの程度貢献するんだ?」
耕一「・・・・・」
井田「とりあえず、断れ!C社が最優先だ!」
耕一は、黙ったままデスクに戻った。
耕一は、石田へ丁寧に先の電話への回答を電子メールで送った。ただ、1点この後大きな問題になる記載を除いては・・・・
『唯一、会社の方針と合わないのは技術・製品戦略ではなく、優先順位の点です。基本的に、弊社から提供するOEM製品に関して、分け隔てなく、様々なご要求に対応すべきですが、その点が異なるようです。よって、今回のご要求は、お応え出来ないのではなく、後回しになったという他ないと思われます。』
2日後、耕一は血相を変えた井田に呼ばれた。
井田「一体どういうことだ!こんなことを言った覚えはない!そかも、それが相手側から来るとは・・・どういうことだ!」
それから、井田は長々と売上が伸びない事、クライアントが言うう事を聞かないこと、その他全ての愚痴を耕一にぶちまけて、最後に『全て、貴様の責任だ!』と吐き捨てた。
耕一は、憤慨を覚えたが、我慢した。
その後、約1ヵ月後に耕一は、この会社を去ることとなった。