環境と組織   その2 | 起業から、経営者へ、そして・・・

起業から、経営者へ、そして・・・

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これまでは、社長室のロッカーに1週間分の着替えを蓄え、コインランドリーとクリーニング屋で洗濯を済ませ、食事はいつも同じ弁当屋で、煙突のごとくタバコを吸い・・・・深夜は遅くまでビールを飲む生活である。その環境で冴えた思考が働くはずもなく、焦りだけが募るのである。





環境とは、不思議なものである。それは人が作り出すものであるが、人は環境によって育つ。それはまるで、植物のようだ。

大きな鉢植えであれば、土中の根は広がり多く茂る。そして、そのバランスに合わせて幹の太さが決まり、高さも決まってくる。これが、大地に直接、植えれば、大地に根付く根の広がりは無限大となり、後は成長していく過程で、与えられる養分や光・熱・刺激によって、更に鍛えられ未曾有に育つ。これは、一人の人間でも組織でも成長し続けるという事は同じではないだろうか?



日本の市場経済環境、ベンチャー企業にとっての環境、上昇志向で頑張る人間にとっての環境、投資家から見た環境、などなどそれぞれの言い分がある。正論はあるものの、結局は金の支配からは免れない。「もうちょっとで・・・」「なんとか乗り切れるから・・・・」などの呟きは、そのほとんどが金の力で解決できる事が多い。日本的な責任の取り方として「切腹=辞表」というような浪花節的話もよく聞くが、仕事をやめる事ほど無責任な行動はない。誰でも、いつでもやめれるのである。ならば、どうすべきか?

古臭い言い方かもしれないが、とことんまであがいて苦しんで、ぼろぼろになれる勇気があるかどうかである。誰も評価はしてくれないが、決して逃げなければ、最後まで見届ける事ができる、また、何か一つの刺激で変化する瞬間を見る事ができるのである。「責任」の取り方には昨今色々あるが、自問自答してみてはどうだろうか?





そう、耕一もどんなに辛くても逃げてはいけないと肝に銘じていた。逃げるくらいなら、誰かに息の根を止めてもらったほうが本望か。これまで、あるきっかけからこの数ヶ月間、決して自分で作り出す事のできない環境を得て、自身の成長と同時にエイペックスジャパンの拡販を夢見てきた。しかし、一向に流れに乗れない。今にして思えば、それは柔軟性の欠落した思考回路だったのかもしれない。環境の変化に伴い、ユーザー(購入者)側は、これまで以上の情報を得て、購買側が比較検討をする時代である。営業マン主導の「プレゼン営業」は廃れつつあった。というより、エイペックスの事業の拡販方法としては、耕一の営業イメージが貧困だったのである。よって、創造したような結果が出しにくい時代である事に気づくのが遅かった。もっと、市場の環境変化を的確に捉えていけば、販売方法はいくらでも考えられたし、新しい発見も可能だったように思える。