それは、当時PC用・ネットワークプリンター類の業界で仕事をしていたが、日本国内における製品別、メーカー別の市場占有率等、正確なデータがなかった。毎年、日本事務機工業会から発表はされていたが、大手3~4社の決算短信などのデータとあわせるとつじつまが合わない。ましてや、当時の「デジタルカラー」の製品群に関しては、まだまだニッチ市場であった。
この状況で耕一は正確なデータが必要と考え自ら、情報を集める作業から始め、最終的には、日本のプリンターに関する市場データを纏め上げたのである。ちょうどタイミングよく本社主導のWorldWideMeetingがあったので、日本の報告書として提出する話になった。
ところが、報告してから2ヶ月ほどたって本社の故意にしている(日本人)人間から電話が入った。彼は「お前、なんかやばいことした?なんとなくやばい話になってるぞ」と・・・
耕一は、焦った。何もしていない。電話をくれた彼が調べたところによると、耕一の報告したデータは本社のMKGのトップが外部に依頼して調査した結果とされていて、そのデータを報告につかった耕一はとんでもない奴ということになっていた。
なんとも、はかばかしい話であるが、これを弁護・弁解するには相当な労力が必要となる。本来なら、考えもしない話である。
基本的に、この米国企業は、英語を話せない人間はNGどころか、プリンターエンジンの生産の殆どが日本ブランドであるにもかかわらず、日本人を根本的に軽蔑していた。社内でも、アジア系は立場が不利であった。いわゆる、差別に近い話である。
耕一は、裏切られた思いで、二度とその米国のMKGの担当とは話をしなかった。そして、決して米国本社に対して自信が関わった資料やファイルを渡すことはなかった。要は、売上達成して、結果だけを残せばいいのであった。(続)