採血検査ビジネスの話題が主眼となった。
どうすれば、上手くいくのか?いくら投資すれば、いくら儲かるのか?何人必要なのか?リスクに相当する問題点はどうなるのか?といった、話が混沌と続いた。まとまるに当たり、次回の打合せまでに何を進めるかを決めた。まずは、医師法との関連で、その部分が抵触するのか?しないようにするにはどうするのか?を調べることとなった。
これには黒岩氏が、「そしたら、厚生労働省の政治家経由で、話が出来るようにするわ」ということで、話は終わった。
3週間後、木場と耕一は永田町で待ち合わせした。二人は厚生労働省のある一室を訪ねた。数分後、課長代理の肩書きを持った人間が部下を従えて来た。木場は、一連の採血検査ビジネスを説明し、厚生労働省としての見解と医師法に関しての問題を投げかけた。しかしながら、その答えは掴み所の無いものだった。
要は、官が民の起こす事荷に対して、それを妨げるような言動は出来ないが、医師法の観点から照らし合わせると現時点では、灰色(グレー)とのこと。これは、黒と言ってしまっては、問題が残るだろうとの事らしい。
いずれにしてもこちら側が望む答えでない事は確かであった。
この案件とは別に、山崎氏主導で進められていた案件があった。それが「カリヨン事業」であった。これは、豊橋にある某有名な幼稚園があった。ここの園長は2代目で、先代からあるユニークな教育理念・方針を受け継いでいた。この仕事も進めていた。
耕一は、まず「幼稚園」そのものを事業として捕らえた事は無かったので、元幼稚園で働いていた自分の妻にその頃の話を聞いた。彼女は、その現場は大変な重労働である事を訴えていた。しかしその反面、子供の純粋さに触れると何にも代え難い気持ちになると言っていた。
耕一は、改めて教育ビジネスを見直す為に、色々と調べ始めた。すると、意外なことに、少子化の裏側に隠れている何かが見え始めた。