社長就任 | 起業から、経営者へ、そして・・・

起業から、経営者へ、そして・・・

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ネクサスでの、不思議なプレゼンの空気の翌日、和田氏から電話が入った。

「もしよければ、今日の夕方うちの会社に顔出さないか?場所は築地だから、箱崎から近いだろ?」

耕一は、夕方5時過ぎに、和田氏の所へ訪問した。そこには、グレッグほか、4名ほどが在籍し仕事をしていた。和田が「うちは、広告の製作会社で、紙媒体ほかCFの作成もやっているんだ。」と説明された。その後、「こちらへ、」社長室に通された。そして、今後の進め方の説明を受けた。和田は「実は、新会社を設立するに当たり、一つだけ条件がある。それは、この会社の4名を引き取ってほしい。」「4人のメンバーは、デザイナー、コピーライター、プランナー(自称)、CFプロデューサーだ。私が考えるに、これからのインターネット業界は、媒体として他の媒体等の融合が不可欠だと思う。つまりそれは、広告宣伝が必ず必要となる。」との話だった。耕一は、「ハア」と生返事をしつつも、よくわからなかった。「とりあえず、4名の方とお会いしてお話させていただけますか?」と切り出した。「わかった。じゃ、これから食事に行こう」と和田、耕一、その4名を連立って、近くの焼き鳥屋に向かった。

耕一は、柄にもなく緊張した。普段、営業で様々な人間と酒席は経験していたが、今回はクライアントでもなく、これからの何かがよくわからないまま、この新事業のスタッフとなるであろう人間といきなり話すのである。正直、戸惑った。



これは、後々わかったことだが、和田の会社は経営危機に瀕していた。そこへあるときグレッグと知り合うきっかけとなったのが先の馬場社長のオフィスであった。彼らは、かつては懸命に仕事をしていたであろう。しかし、何らかのきっかけで、資本の原理ともいうべき株式の仕組みに出会う。そして、和田自身の会社が経営難に陥った際に考えたのが吸収合併(M&A)である。そう、実質的には、新会社設立に乗じて吸収させる腹だったのである。また、耕一と下田の人材紹介料として、先の鎌倉の人物に、報酬を渡していた。その見返りとして、和田とグレッグは、ネクサスの白木社長との間で、とんでもない密約を交わしていたのである。これは、後々新会社にとって大きな足かせとなったのは言うまでもない。

耕一と下田は、まんまと嵌められたと気づいたのは、時すでに遅い頃であった。



さて、紹介された4名は硬い面持ちで耕一を見つめた。彼らには、耕一が何者か?まったく知らされていなかったのである。和田は「彼、中澤さんがこの度新事業の計画をまとめ、先のネクサスから事業資金を確保した人間だ。」と紹介された。

一番年長と思われる本間が「それって、どういうことですか?私は、アナログ人間なんで、インターネットのことなんてまったくわかりませんよ。また、これまでやってきた仕事は、信頼関係の上に成り立っているものでいきなりまったく新しい事に取り組むのは難しくないですか?」とCFプロデューサーらしい発言である。続いて小柄な福井が「本間さんの言うことも一理あるけど、本当に可能性、将来性があるのであれば、何か創めなければ前に進めないんじゃないですか?」といきなり、白熱の議論の前兆である。続いて伏せ目がちな須藤が「一度、何をどう考えて何をするのか、きちんと説明してもらったほうがいいじゃねえの?」と・・・

耕一は「いや、皆さんのお話は大変参考になります。まずは、私の自己紹介を先にさせていただきたいと思います。私自身、今の状況は未だよく理解できておりませんが、新規事業の立ち上げに関して大変興味を抱いています。しかしながら、皆さんとはまったく異なる業界で仕事を経験してきました。一つ言えるのは、新しいもの生む際には異なるものが寄り集まって何か生まれ出る気がします。今のこの空気においても、大変わくわくする反面不安もあります。どうでしょう?まずは、皆さん自身をご紹介していただいて、腹割ってお話するというのは?それぞれ、現在異なる状況の中で、各個人が考えていることは当然バラバラですよね。だからこそ、難しく考えないでまずは、お知り合いになれたこの機会に乾杯しましょう!」と皆に問いかけた。一同は、ようやく眉間の緊張がほぐれつつあった。

それから、2時間ほど他人行儀ではあったが、和気藹々といろんな話題に話が弾んだ。



耕一は、そのときから一抹の不安を消し去ることはできなかった。・・・