何を食べたかによって人間の運命は変わる。
悪食はあなたの精神を蝕み、粗食は開運する。
節食開運説をと絶えた水野南北の歴史とエビデンスとは?
何を食べ、どんな咀嚼をしてきたかで咀嚼筋の発達が変わり、よって顔は変わる。
悪食は運命を悪くするのだ。
人間は、人間を食べるものを食べなければ人間の顔にならない。
日本人は日本食を食べないと日本人にならない。そして、日本食を食べないと大和魂が亡くなる。
江戸中期に生きた観相学の達人である水野南北。
南北は幼い時に両親を失って孤児となり、寂しさから心が荒れ、なんと十歳の頃から酒を呑み始め悪食をして、喧嘩沙汰ばかり起こしていた。
南北は十八歳で悪事をはたらき、牢獄にぶち込まれる。 牢内で過ごすことになった彼はある事に気が付く。
罪人の人相があまりにも悪く、市中の人間とは全く異なっていたのだ。
南北は刑期を終え釈放されると、人相の観察と研究に没頭した。
そこに人相見の僧侶をが訪れる。
僧侶は南北を見るなり『お前は剣難の相で、あと一年の命しかない』と宣告する。
『唯一、お前が助かる道があるとすれば、出家しかないのだろう』と言われ、南北は仏門を叩く。
しかしあまりの南北の人相の悪さに門前払いうが、南北は引き下がらず弟子を懇願する。
僧侶は『向こう一年間、麦と大豆だけの食事を続けることができたなら入門を許そう』と言ったのだ。
南北は本当に一年間、麦と大豆だけで過ごし、再び禅寺に向かって件の人相見の僧侶ところに立ち寄り、こう言われた。
『あれほどの剣難の相が消えている。お前は、人の命を救うような何か大きな功徳を積んだに違いない』と僧侶は驚いた。
南北は『私は一年間、粗食を続けただけです』と言うと、僧侶は『粗食が陰徳の行となって、お前の凶相は消えたのだ』と答えた。
南北は出家するよりも研究する方が観相学を修められると考え、下記の様な観察と研究と修行をした。
まず最初の三年間は、床屋の見習いになって、次々とやってくる客の人相を観察したのだ。
次の三年間は、風呂屋の三助をし、全身の相について学ぶ。
そして最後の三年間は、火葬場のオンボとなって、死人の骨格と運命の関係についてまで研究をしたのだ。