丙辰幽室文稿 吉田 松陰
「坪井氏に与える書」 安政3年5月10日
罪人である、私寅二郎が再拝し申します。
僕の大罪のため、元来もともと刑死する事が適当であると思っている。しかし、計らずも昨年の12月に特別な恩恵により、獄を出て、病を実家において療養する事になった。
これは、莫大な徳であり、臥しても仰いでも、このご恩に報いる事が出来ない。
今になり、この議が実に座下(貴方様)より出たと言うのを知るに及び、感激が止みません。
ああ、僕はかつて一度も座下に知られる事がなかった。そうであるのに座下はどうして、この様に厚き情けをかけて下さるのか。
ひょっとして、僕の罪は罪として憎むが、僕の志を哀れと思し召されたのだろうか。果たしてそうであれば、僕に対する知識は充分でありこれ以上何も加える事がないでしょう。僕は既に座下の知を得ているのです。
それで、密かに申し上げたい事が御座います。座下、ご存知の事をそれはそれとして、私の申し出でをお聞きくだされば、幸甚で御座います。
僕の師である平、啓、子明(佐久間象山)は、天下の士であります。このたび僕の為に罪を得て、永く世間から捨てられた人物になりました。
これは多分、天下が僕に残念がらせる為なのでありましょう。だから、僕は天下のためにこの事を恥ぢ、また天下のためにこの事を憎むのです。
僕は身は賎しいですが、本藩の人間です。本藩の人間が天下の士を害する、これは思うにまた本藩の恥であります。
しかし事は既に成ってしまいました。千恥万惜(せんちばんせき・いかに多く恥とか惜しみ)があったとしても、どうしようもなく、ただ座下の善処を望むだけです。
僕が切に望みますのは、藩が議論しその結果、幕府に請願し、少し子明・象山の罪を軽くし、四方に自由に出歩きまた書信の往復を許されるようにして欲しいのです。
その事は即ち、僕一人が天下に対し申し訳を立てるだけでなく、本藩の前日の恥が、これをもって今日の美と成るでしょう。
凡そ事、幕府及び他藩に関係するものは、俗な役人が手出しをしないで避けたがるもので、あえて処理しようとしません。いわんや僕と子明・象山の獄の事、俗な役人なら憤っているでしょう。
幕府の軽い法律に従って斬首の刑は免れました。
この様なことでありますから、座下でなければ、僕は誰にこの善計を頼めようか。
後半は次回。