休みの朝は、気分が爽快だ、
おはようと、三弁の花びらをひらいて、蘭が始めて挨拶をしてくれた。
香りが少ない春蘭だが、かわいい。
最近、問題があって、
気分が落ち込むことが多く、
気がめいるし、心が締め付けられ重たいことがある。
なんとかせんといかん、と心はもがいている。
相手がある場合、気が重い。
毎日がつらい。
たまたま、ヒ○コさんのブログで
やまない雨はない、
あけない夜はない
とありました。
そうなんだ、と気を取り直しました。
頭でわかっていても、
“目の前の文字”で読んだ感覚は異なり、直接心に響きます。
ありがとうございました。
そして、今朝、目を覚ませば、ベランダの窓近くの枕元に春蘭が咲いていました。
1週間ほど前から、開きかかっていた蕾、
すぐ咲くんだろうと、毎朝楽しみにしてました。。
でも、そこまできてるのに、なかなか開花してくれなかった。
その花が今朝やっと開花、3弁が5弁に増えるのもすぐだろう。
すがすがしいし、休みだし、天気もいいし、
蒲団を干し、シーツカバーも洗おう。
さて、そんなで今朝はパンを食べ、本を読んでました。
相変わらずの意識の本
「<心>はなぜ進化するのか」ケアンズ-スミス北村美都穂訳 青土社2000年
この本中にあるピンポン問題、
数学者ペンローズ博士が、似たような考えをもてあそんでたそうです。
つまりそれは、
「たぶん我々の体内の時計は半秒遅れて進んでいて、われわれが何事かを知覚するときには実際の事象よりつねにそれだけ後になるというのだ」
「だが彼(ペンローズ博士)はこの考えを棄てた――それは、他にも理由があるが、意識的知覚にそういう時間の遅れがあれば、ピンポン競技をすることも、面白い会話を楽しむこともできないだろうから、というものだ。」
と。
脳内神経細胞が情報処理を行うのに、知覚にいたるまでの処理に要する時間が0.5秒必要だというもので、
そんなに遅れていれば、ピンポンも会話もできないというもので、
そんなので、ペンローズ博士はそんな考えを棄てたというのです。
さらに
「実は、ペンローズがこの考えを棄てるにいたったのは、見かけ上の知覚の遅れだけによるものではなかった。行動しようとの意識的な決定には、認知が登録されるよりもさらに長く、一秒またはそれ以上かかるらしい。」
という念押しの理由まであります。
後半の理由は、かの有名なリベット博士 の実験です。
ペンローズ博士の言葉もこの本に書かれてあり、博士の考え方は
「私が思うに、われわれが意識的な知覚を在来の時間順序の枠組みに入れようとするときには、いちじるしく異なる概念が必要とされるかもしれないということもありうる。」
ということで、従来の意識に対する常識を変えないといけないかもしれない、と示唆しています。
しかし、この本の著者は
「私には、ピンポン問題はそういう大変化(常識を変える)を要求するには不十分と思える。」
と、ペンローズの示唆を拒否します。
それじゃ筆者はどう考えてるのか、気になりますよね。このところについては、文章内容がよく読み取れません。私の理解力が貧弱なんでしょうが、筋がとおり理解できないのです。
間違った私の理解を、紹介するのもきが引けますので、引用は長くなりますがそのままの文章を示します。
「ことは、われわれの意識はどのようにして、またどれほど多く、瞬間瞬間の活動に参画するのか、という問題に戻ってくる。
もし、シリコンに依存し、意識を持たぬコンピュータがチェスをすることができるなら、なぜわれわれの無意識の神経コンピュータにピンポンができないのか、私にはわからない。それはほとんどすべて自分の力で、その怠惰な管理者(そう呼ぶことができるとして)からの指示によって、一秒か二秒の時間尺度でできることだ。
ピンポン選手の顔の表情を見ているだけでも、選手はおもに、よく言われるように「自動操縦装置にたよって」いるのではないだろいう私の疑いは強められるのだ。」
という文です。
この文の意味は、
“怠惰な管理者つまり意識を持った自分・主体が、能力のある無意識コンピュータ・自動操縦装置・脳と肉体システムを管理している。”
といっているのだろうか。
そう私は、理解しました。
自分は俊敏な行動も指示もできないが、
自分が管理しているのは、1秒とか2秒の時間尺度でできる指示を出す。
というものです。
知覚に時間遅れがあっても、怠惰であってもちゃんと指示を出し、管理しているというものです。
ペンローズ博士はここでは示唆に止めています、たぶん博士は博士の一言があるはずです。
一方著者は、“主体が自動操縦装置・無意識脳システムを管理するという構造”を主張しています。
この意識の時間遅れについては、哲学者とか心理学者、科学者の問題意識をかきたて、大問題になりました。というのは自由意志の有り無しにまで関わる問題になるからです。多くの意見が噴出したはずです。
この問題の易しい解説書の一つに
「暴走する脳科学」河野哲也 光文社新書2008年
があります。参考まで。
後日に、この問題の私なりの解釈を書き述べる予定です。
これを読まれた方の考えも、知りたいものです。