今日は陽明学。

僕は吉田松陰先生を敬愛しておりまして、で先生の思索を追っかけていくと、

当然、陽明学に出会うのであります。


また、陽明学は炎の哲学とも言われ、僕にとってはとても気になる思想だった。

そんで、王陽明関係の本・伝習録を紐解いた訳です。

でもその前に少なくとも四書五経は読んでおかんと・・・

イミフなのが続々でした。



さて王陽明思想の根本は、人口に膾炙しているように

知行合一

致良知

万物一体の仁。


王陽明がどういう経緯でこれらの思想を展開していったのか、詳しい事は知りませんが、知行合一と致良知の考え方は近く、

万物一体の仁はカテゴリーが違う感じがしています。





万物一体の仁は墨子の説に非常に近いし、僕はこの考え方が彼の抜本塞源の論であろうと思っています。


現在では抜本的改革の抜本という根本から抜くという意味で根本的な論と考えられていますが、抜本塞源という意味はそのような意味では無かったのです。


左伝にある「皇帝を侮辱するのは、木の本を抜き水源を塞ぐような行為だ」と非難した周の皇帝の言葉なのです。めちゃくちゃしてはいけない、ちゃんと正しいところに正しい事を当てはめる。


それはともかく、この世界の全て・人類全てが一体であるという考え方にはすばらしいものがあります。

だのに、どうして今の中国で王陽明が評価されていないの?

なぜ?

陽明が農民を弾圧したから?



次は知行合一と致良知です。


知とか良知というのは知識じゃなく、生まれたときから与えられている知、知能、知恵のようなものです。孟子の言う惻隠の心でしょうか。


だから知行合一は知ったから行なうというのではない事は勿論、天から与えられた性を知っておこなう事でもありません。


そうでなく、自分の心の中にあるしなければいけないことを、そのまま止むに止まれず実行する、天から命じられた性を信じてそのまま行なうのです。これが知行合一なのです。

だから知良知なのです。


「知は行の始めにして、行は知の成なり」と陽明は言っていますけど、彼の本心じゃありません。始め終わりの概念は無いのです。


要するに、心の本体は無善無悪なのです。心の本体は“天命の性”なのです。

性に従うのが道であるとは“中庸”の言葉です。

この心の本体を人欲で惑わされないよう、純粋に行動する、これが陽明学なのです。


一方、実行すれば現れるであろう諸問題を慮って躊躇するのが人欲です。これを言えば人に嫌われるだろうな、なんてのは最低というわけです。


大塩平八郎、吉田松陰の行動を見ればおのずとわかりますよね。行動にぶれがありません。




そこで、誰だって考える疑問。


実際、

心の本体は天命の性なのか、

無善無悪なのか、

(無善無悪は善悪を超えた絶対的な概念)

性善なのか、

絶対善なのか。

行なっている事は本当に問題がないのだろうかという疑問。


この手の疑問に対し、陽明は、伝習録(下)で、

無善無悪(四句教)に対し曖昧な判断を下しています。



彼の弟子が、心の本体が無善無悪・絶対だから、意も知も物も無善無悪ですよねと聞いたのですが。

陽明は決断出来なかったのでしょう、どっちつかずの返答をしています。


つまり、弟子達に、“全ては無善無悪である”などと、あんまり本当のことを言うなと釘を刺したのです。

でないと、むちゃくちゃになってしまうことが目に見えてたのでしょう。

というのは、心が絶対だったら何をしても、心のままに行なうのが許される。


性格がよく、判断能力が素晴らしく、行動の先まで見える人であれば、何も考えずに実行しても安心ですが、(利根の人)


ちゃらんぽらんで、本能丸出しの人間(その下の人)が、知行合一といって、自分の心のおも向くまま行動を起こせば、世間の顰蹙をかう可能性があります。

ちゃらんぽらんじゃなくっても、人間は“個の存在”、“種の継続”が最優先ですから食料、異性問題が起こりそうです。


王陽明死後、弟子である陽明左派の王心斎、王竜渓などがこのような批判を浴びました。

なぜなら、かれらは無善無悪主義者だったのですから、思い通りの行動を起こしたのです。

でも僕にとっては陽明左派は魅力的です。



陽明左派じゃないだろうけど、

大塩平八郎も吉田松陰もよく似た傾向が感じられます。

死して後止むの感じです。気迫があります。いいな~。


大塩平八郎などは百姓とか貧乏人のため、“万物一体の仁”を目指し私財を売却し、死を覚悟して、行動したのですから、おのずからその行動は光輝いています。貴い光です。

大阪人は平八郎ファンが多い。



一方その下の人、俗っぽい者が、中国明時代に居たのでしょう。

その結果極端に傾き、

中国では急速に陽明学は終焉の方向に向かったのです。


これも、やはり陽明学の宿命ですかね。

初めからその兆候がみられたのだから。

「満街の人全て聖人」と言うのは陽明学者の言葉、人類に対する絶対的な信頼。


このような無防備な信頼、信用、平等主義に問題があったのでしょうか。

あったと思います、

マルクス共産主義も終息しました。


僕は、このような無防備な、絶対的信頼は自分自身に対してのみ有効であると考えます。

他の人に、“おまえも自分の信じる事を、力を尽くしやり遂げなさい”という場合人を選びますよね。


また、お釈迦さんの例え話に暑い火箸をつかむ場合、

「暑いとわかってつかむのと、暑いと知らずにつかむのと、どう違うのか」

の話を思い出します。


注意を払わなければならないところを、ちゃんと把握しなさいという事。

でもこの場合、残念ですが迫力がなくなりますね。