で、言われるとすごく根に持つ。
根に持っている馬鹿ワードを思い返してみると
皆とても親しい人に言われていることを思い出す。
こんなにいつも近くにいるのに、私のことを馬鹿だと思っていたなんて…
って、傷付くんだろうなー。
そういえば、私って言葉の言い回しが、
陳腐な表現を好まない分、あえて、稚拙ですぐには伝わりづらい言い方を選んだりするのけど、
中学生の頃、作文を読んだ教師に帰国子女の癖がまだ残ってるの?
みたいな、遠回し、にもなってないけど馬鹿にされ
きっと優秀な人なのだから(私立の教師やれるくらいだもんね)
心中では私のこと馬鹿にしてたのかな?
同じようなことを高校生のころ思って
胃が痛くなる位考え耽って、泣き過ぎて眠れなかったな…
それほど、馬鹿にされることは苦手で、
私の中のモラルに反してしまっていて、
でも世の中ではあまりにも日常語で、、
どう扱えばいいのか分からないまま19年…。
そうだよ、馬鹿だよー
なんて開き直るのにもまだ少し早いのだ。
何故なら私は馬鹿ではないからだ。
私を馬鹿にする人にだって、私はあなたよりは馬鹿じゃないとも感じる。
勉強の才能はとてもじゃないけれど、私に備わっていると言えないし
記憶力も、まぁ他人と相対的に見たとき相当乏しいものだけど
でもまぁ、馬鹿だとは余りにも断定し辛いのだ。
きっとこんな私にも、
記憶力があって、常識に興味があって
知識を身につける趣味みたいなものがあって
良い成績を取ると悦に入るような習性がもしもあれば、
きっとほとんど、誰からも馬鹿にされずには済むだろう。
でも私にはない。
馬鹿でも分かる頭のいい人になる要素がない。いまのとこ
文武両道が全ての時代じゃないけれど、
やっぱり頭が悪いだなんて言われるのは悔しくて胃がキリキリする。
反論したところで彼らからしたら負け犬の遠吠えだろう。
愛すべき馬鹿。
だなんて言うのは殺してやろうかと思う。
は。ちょっとヒートアップし過ぎだけど。



