池袋、J's Barのオーナーバーテンダー、蓮村元(はすむらはじめ)さんが、2月3日急逝された。

1994年に池袋で開業し、今年は節目の30周年を迎える予定だった。

1964年というウイスキーにとってのグレートヴィンテージに生を受け、還暦を目前とした59歳という早すぎる人生に幕を閉じた。

結果として太く短い人生だったのだろうし、私は飲み始めの頃は特に強く影響を受けた。

そういうウイスキーloverも多いのではないか。


私がJ's Bar知ったきっかけは、ウイスキーにハマり始めた約13年ぐらい前。

ウイスキーについて検索すると、やたらヒットする店だった。

当時、勤務先が池袋だったため、興味をもち今の店舗に移転する前の地下一階の店舗に足を運んだ。

一見強面だが、優しい目をしたウイスキーへの情熱に溢れた人だった。

出してくれるウイスキーも非常に好みで、池袋の東口の職場から住宅街にあった旧店舗までは、歩くと30分近くかかったが足しげく通った。


時は、ウイスキーエージェンシーを始めとするボトラー最盛期。

また、日本向けのゴードン&マクファイルのケルティックラベルも、矢継ぎ早に出ていた。

今となってはあり得ない価格の、長熟古酒華やかなりし時だった。


私の中では当時の蓮村さんは長熟の酒を愛する人で、こんな果実味があり華やかなウイスキーがあるのかと驚かされた。

1969のロングモーン、1972のクラインリーシュ、グレングラント、グレンドロナック、キャパドニック、1973のグレンマレイ、マクダフ、1975のグレンロッシー、フェッターケアン。

1976のベンリアック、トマーティン、1981のロッホサイド、1988のラフロイグ、1993のボウモア、1995のインペリアルなどなど。

いいヴィンテージといわれる印象的なウイスキーの数々をそこで飲んだ。


その後、ますますウイスキーにのめり込んだ私は、家から近いのもあり頻繁に足を運ぶ店が変わった。

それでもJ's Barにはちょくちょく顔を出し、蓮村さんとウイスキー談義に花を咲かせた。


アイデアマンで、特に名物の3種飲み比べができて安価な定額の『3杯セット』は定番だろう。

ウイスキー初心者には今も昔もありがたい企画だ。

飲み比べてわかる味わいの違いや、その違いを生む理由への興味から、ウイスキーの深遠なる世界にハマった人も多いだろう。


私の結婚パーティーにもきていただき、『こいつは俺が育てたんだ』と言っていただいた。

蓮村さんにそういわれるまでもなく、まぎれもないウイスキーの師匠の一人だった。


ハジメという名前は外国人には発音しづらく、Jimという愛称でよばれていたらしい。

そこから、JimのBar、J's Barという店名で開店して30年、いろんな事があっただろう。

少し前に、50周年の80歳までやりたいんだ、と言っていたと聞いた。

その大目標には届かなかったが、29年間でウイスキー業界に大きな足跡を残したと思う。


蓮村さんがやりたかった節目の30周年は、愛弟子たちが立派に務めてくれるに違いない。

節分が命日というのは、人が好きで寂しがり屋だった、蓮村さんらしいなと思う。


人は誰でもいつか必ず死ぬ。

遺された人間は前を向いて人生を送り、その人を時に思い出す。

そうすることで、亡くなった人はその心の中で生き続ける。

私もこれから節分が来る度に、蓮村さんの事を思い出すだろう。


今日は手持ちのウイスキーから、モルト侍との思い出の酒を開けよう。

たくさんの思い出があるから、たくさんの候補がある。

そして、そのウイスキーを見るたびに思い出そう。

それは悲しい思い出ではなく、笑いに溢れた思い出だ。


万感の思いはあるが、一言かけるとすれば『ありがとう』だろうか。

これからもウイスキーを飲むたびにいつでも会える。

師匠、また会いましょう。