日本のワインにも素晴らしいものがたくさんある。

しかし、いいものはたいてい値段も高い。

その値段を出せば、世界的な銘醸地のワインを買えることがほとんどだ。

なので、その値段を出してまで買おうというワインはなかなか表れない。


前回あげたグレイスワインの三澤甲州しかり、メルシャンの桔梗ケ原メルロ シグナチャーしかり、フェルミエのアルバリーニョしかりである。

どれもすごいワインで味も素晴らしいが、さすがに値段で買うのを躊躇してしまう。

悩んだ挙げ句、コストパフォーマンスがよりよいと思う違うワインで代用してしまう。


しかし、そんな私にも定価ならケース買いしたいと思う、愛してやまない日本のワインがある。

それがドメーヌ・ミエ・イケノのシャルドネだ。


それは、同価格帯や少し安いシャルドネのワインで代用はできないのか?

答えはイエスでもあり、ノーでもある。


まず、クオリティ的に遜色ないか、上回るブルゴーニュのシャルドネは今や価格が高騰している。

とはいえ、広域ブルゴーニュのワインなら、中にはミエ・イケノのシャルドネより安く、十分にハイクオリティなものがまだ探せるというのは事実だ。


しかし、ミエ・イケノのワインには+αの個性や魅力がある。

そもそも日本のシャルドネで、比較対照がブルゴーニュの銘醸ワインというのがすごい。

その点でも私が飲んだ日本のシャルドネでは、間違いなくトップだといえる。


ドメーヌ・ミエ・イケノはその名の通り、日本人女性醸造家の池野美映さんが経営している。

小規模なドメーヌで、八ヶ岳の麓、標高750mに広がる自社畑に、シャルドネ40%、ピノ・ノワール30%、メルロ30%を栽培する。

ブドウ栽培をはじめたのは2007年春、醸造設備が完成したのは2011年秋だという。

栽培から数えてもまだ歴史としては15年強だが、景色が浮かぶような素敵なワインを作り出す。


ドメーヌ・ミエ・イケノのHPには以下のような記載がある。

『〜八ヶ岳の土や風や水や太陽、その全部をそのまま詰め込んだような 凛とした優雅なワインをつくりたい。〜 

“目指したのは、自然をそのままボトルに詰め込んだようなワイン、凛としてしなやかな強さのあるワイン、日本人のなかに宿る自然への崇拝と共生の記憶—それを具現化できるようなワイン、八ヶ岳の地を訪れたことのある人にもない人にも、その年の自然の営みを感じてもらえるようなワイン・・・。”』


まさにそれを体現している。


このドメーヌのワインは、ピノ・ノワールやメルロも飲んだし、それもとても評判がいい。

しかし、私にとってシャルドネは特にそのコンセプトを強く感じる、特別なワインだった。


シャルドネにはノーマルなキュヴェと、この月香(つきか)というキュヴェがある。

月香はムーンライトハーベストと銘打たれている。

月の輝く夜、静まり返った畑で摘まれたシャルドネだけで作られているらしい。

それがどうワインに影響を与えるか、理由があるのでそのような手間をかけるのだろう。

そしてこのワインを飲んで私が思い浮かべる風景は夜ではない。

だが、真夜中の畑のような静寂や静謐さを感じるのは確かだ。


生産数は1,470本とかなり少なく、値段も2022ヴィンテージは税前8,000円とじわじわと上がっている。

それでもHPではものの数分で完売するほど人気だそうだが、リゾナーレ八ヶ岳に宿泊した人はその滞在につき1本だけ買うことができる。


前に泊まったときは、泊まった人数や滞在日数によって複数本買えたし、違うキュヴェも買えた。

まだいくつかセラーに眠っているが、今となっては貴重なワインだ。


その月香の2022ヴィンテージを1本だけ購入できた。

試飲ができ部屋に持ち帰ることもできる八ヶ岳ワインハウスでは、150ml2,600円と量り売りでもかなり安く買う事ができる。

部屋に450mlを持ち帰り、たっぷり飲んでテイスティングをしてみた。


【テイスティング】

熟した夏みかんのような柑橘、八朔のマーマレード、はちみつをかけたふわふわの焼きたてパンのようで酵母やブリオッシュ、シークヮーサーの皮のほのかな苦味。

柑橘味はしっかりと酸がのるが、熟して柔らかく、少し和の趣を感じる。


洋梨のチーズタルト、バニラの甘味、安納芋の糖蜜、ハーブのニュアンス。

樽香は強くなくピュアな果実味がよく表れている。

溶かして少し温かくなった無塩バター、ヨーグルト、ミネラル感は柔らかく溶け込んでいるが存在感がある。


余韻は長く、シャサーニュ・モンラッシェのいい畑に通じる静謐さを持ち、ムルソーのような蜜感がある。

雪解け水やクリスタルのような輝きがあるのに、暖かみを感じるという二律背反性が独創的。


2022ヴィンテージの若いワインのため、少しの若さはあるものの、既に完成している。

柔らかいニュアンスがあって、ブルゴーニュっぽさと合わせて確かで独特な個性をもつ。


私が今まで味わった日本のシャルドネでは、ずば抜けて好みの味。

ブルゴーニュとも少し違うが、ブルゴーニュと同じく世界に誇るクオリティの日本のシャルドネ。


あと、このワインのすごいところは、このワインを飲んだあとの他のワインの味を高める点だ。

シングルモルトの銘酒の中には、まれにそういう特徴を持ったものがあるが、このワインもそうだといえる。


八ヶ岳の全てを詰め込んだ凛とした優雅なワイン、まさにその通りだと思える。

熟成に向いているかは、私の知見では答えが出せない。

酸やミネラルが、長い熟成からワインを守ってくれるような気はする。

しかし、10年以内ぐらいで飲むのがいいように思う。


1本だけ買えたこのワインも、シチュエーションを見計らって開ける時まで、大事にセラーで熟成させようと思う。

日本の誇るべき、ワールドクラスのシャルドネだ。


【Verygood/Excellent!!!】