ウイスキーは酒の分類でいうと蒸溜酒にあたる。
簡単にいうと、原料に酵母を加え発酵してできたお酒から、高い度数のアルコールを取り出してつくる。
その方法が蒸溜と呼ばれる。
お酒を熱して気化させて、沸点が低く先に沸騰するアルコールの気体を取り出して冷やし、再度液体にする。
そうやってつくるアルコール度数の高い酒が蒸溜酒だ。
しかし蒸溜酒にも、原料の違いや樽熟成をさせるか否かなど、いろいろな違いがある。
ウイスキーとは原料が麦で、樽で熟成させるものをいう。
同じ分類で、樽で熟成させるものでも、原料がブドウのものはブランデー、林檎のものはカルヴァドスなどと呼ばれる。
樽で熟成させるため、その樽がウイスキー製造における熟成の最小単位となる。
同じ蒸溜所でも、一つ一つの樽で味わいは違う。
そのため、それを混ぜ合わせ味を均等にする。
時には更に水を加えて度数を調整する事が、世に出回っているウイスキーには多い。
しかし、その最小単位である一樽のもので売りに出されるものもある。
それがシングルカスク(一つの樽という意味)と呼ばれるものだ。
シングルカスクになると、着色用のカラメルを添加せず、冷却濾過もせず、樽から出されたアルコール度数(カスクストレングス)のままで出されるものが多い。
樽を混ぜて加水されたウイスキーに飽き足りなくなったマニアは、そのシングルカスクに傾倒していく。
樽ごとの味わいの違いや、自分にとっての『奇跡の一樽』を求めるからだろう。
しかし、シングルカスクだからといって、製造の課程は同じなので、値段が大きく変わるものではない。
昨今はシングルカスクが値上がりしているが、それは製造由来ではなく、流通の仕組みによるものだと思う。
ウイスキーが売れ、今まではメーカーが安く売っていた樽を樽買い業者に売らなくなった。
そうすると、樽買い業者は次が手に入るかはわからないし、それを生業としているなら高値でも買う。
それを商品として出す時に、利益を出し次の樽を買うための原資も得ないといけないから、消費者にはさらに高く出す。
ざっくり言うとこういう理屈だろう。
そのため、自らもウイスキーをつくっている樽買い業者は、交換という手が使えるためそこまでは高くならない。
逆にメーカーでもあり他は安い樽買い業者なのに、値段が高い蒸溜所のものがあるとする。
それは、その蒸溜所の樽が入手が困難になってきたとみていいだろう。
前説明が長くなったが、このベンリアックはシングルカスクだ。
樽買い業者ではなく製造元が出しているため、公式なという意味で、オフィシャルボトルなどと呼ばれる。
1979年蒸溜の31年熟成だが、当時30年の樽混ぜ加水の30年と大きな価格差はなかった。
素人考えでも、水が入っていない分や、ボトリングの手間がかかる分位は、価格が上乗せされる事は分かる。
事実その分くらいの価格差で、確か当時税込で19,800円だったはずだ。
ベンリアックは多くのウイスキー蒸溜所が集まる、スペイサイドと呼ばれる地区にある。
元々それほど知られた蒸溜所ではなかったが、ウイスキー殿堂入りしたある男が買収し、潮目が変わった。
その男がビリー・ウォーカーだ。
ビリー・ウォーカーは、地味目だったベンリアックをシングルカスク戦略で押し上げた。
ヴィンテージが1968や1975、1976といった、フルーティーな原酒を混ぜるために使わず、シングルカスクのまま世に送り出した。
そのウイスキーは話題を呼び、シングルカスク故の本数の少なさもあって争奪戦が繰り広げられた。
ベンリアックは瞬く間に人気蒸溜所の仲間入りを果たしたが、ビリー・ウォーカーはウイスキーの値上げをほぼしなかった。
さらにベンリアックに続き、グレンドロナック、グレングラッサを買収。
そこでも同じような戦略で価値を上げ、大手企業に3つまとめて売却した。
目の付け所がよく付加価値もつけたため、大きな利益を上げたのだろう。
そのお金でグレンアラヒを買収したが、今やグレンアラヒも人気が上がっている。
それは味とスペックの割に高くないというのも、一因となっているのだろう。
消費者からみたらありがたい話だ。
そのビリー・ウォーカーの署名が入ったこのシングルカスクのベンリアックは、ヴィンテージが1979年だ。
熟成年は31年で、カスクNo.11195のバーボンバレルで熟成。
ビーテッドで、アルコール度数は50.3本、148本ボトリングされている。
この年は、人気のヴィンテージの人気の樽のように、炸裂する桃感やトロピカル感は出ないことが多い。
少し前、1979のベンリアックが樽買い業者経由でいくつか出ていたが、桃やトロピカルを煽っているケースが多かった。
しかし、期待して飲んでみると1968や1976などを知っているからか、微妙な感想になることが多い。
十分においしいのだから真っ当にアピールすればいいのに、と思う。
このウイスキーも開栓当時に飲んだときは、桃もマンゴーのようなトロピカルフルーツ感も薄かった。
約2年前に開栓してテイスティングしているが、どのように変化をしているのだろう?
改めてテイスティングしてみた。
【ベンリアック】
洋梨や二十世紀梨のような果実味、クリーミーなバニラ、ほんのりフェノール、ミントジュレップ。
麦感が変化したドライな白ブドウ、樹脂感、ホワイトチョコレート、クミンや漢方のようなスパイス。
ピート感は開栓後よりは少し薄まっていて、スパイシーさは健在。
ほんのりパイナップルやマスカット、マルサンの桃味の豆乳、燃やした藁。
ウェアハウスのオークのようなウッディネスや酸味、濃厚な蜂蜜、エステリーな果実味、余韻にはしっかりとしたスモークが表れる。
フルーティーだがトロピカルというよりはエステリーな果実味で、クリーミーなスペイサイドらしい味わい。
そこにライトなビートスモークがのるという、ベンリアックらしいウイスキー。
桃はマルサンの桃豆乳みたいな感じでそれほど強くなく、マンゴーは個人的にはそれほど感じない。
洋梨やドライな白ブドウ感の方を拾ってしまう。
また、2年前のテイスティングと比べてもそれほど変わっていないように思える。
予想通りドライさは増し、フルーツ感も変化がない。
個人的にはトロピカルは瓶熟では出てこないと思っているが、それを裏付ける結果となった。
ちなみに、ラベルにかかれているキャラクターは以下の通り。
Fresh and vibrant, with firm acidity which adds to a classic fruit base of papayas, mangos and pineapples.
Slight hint of pear smoke right at the back of the palate adds a lovely dimension.
ここにはマンゴーやパパイヤ、パイナップルという語句が並ぶ。
ここからわかるように、これをトロピカルと形容する人はある一定数いる。
だが、個人的にはフルーティーだとは思うが、トロピカルとはいわない。
むしろフルーツ牛乳のニュアンスに近く、あれを特定の果実の味で表すのは難しい。
強いていうなら、オレンジとパイナップルとバナナの香料ミックスになるのだろうか。
何と呼ぶかはさておき、フルーティーでミルキーな70年代蒸溜のスペイサイド味で、そこにピートがのったベンリアックらしい味わいのウイスキー。
ここにはあまりいないが、また1968や1976のような特異なフルーティーさを持ったヴィンテージは表れるのだろうか。
ベンリアックもフロアモルティングを再開しているため、強ちないとも言えない。
そんな日がくるのを楽しみに待ちたいと思う。
【Verygood!!!】