ワインは瓶内で熟成するが、ウイスキーもまた瓶内での時間経過とともに味が変化する。
化学的な意味での熟成とは違うが、味わいは明らかに変わる。
良くも悪くも木の影響を受け続ける樽内での長期の熟成とは違い、木の影響をうけない。
正しくは瓶内変化というべきなのだろうが、私はこの状態を『瓶熟』と呼んでいる。
瓶内の時間の経過で味が変わるので、瓶詰めした直後のニューリリース、特にその開栓直後はそのウイスキーにとっては不利な状況だといえる。
長命で堅牢なボルドーの赤ワインをリリース直後に飲んでも、その本領は発揮されていない。
それと同じ理屈だ。
余談だが、ボルドーはプリムールというボトリング前のワインを先行で販売する商習慣がある。
しかし、五大シャトーの一つであるシャトー・ラトゥールはプリムールから離脱している。
そして今は、シャトーが飲んでいい状態になったと判断してからボトリングし、売りに出す。
五大シャトーの他の4つの販売と比較すると、他は昨年2021ヴィンテージがプリムールで出ているが、ラトゥールは2015ヴィンテージをリリースした。
両者の間には実に6年の開きがある。
もっとも、2021ヴィンテージといっても、プリムールから手元に届くまでは2年くらいはかかる。
またラトゥールも、リリース直後の状態ですぐには開栓せず、自らセラーリングする人が圧倒的多数だろう。
この事からわかるように、一部のボルドーは飲むまでに相応な時間をかけた方がよりおいしくなる。
何がいいたいかというと、ウイスキーも少し時間をかけて開栓した方がいいものがある、という事だ。
実際ニューリリースで開栓直後のものを飲んで、それと同じものを未開栓で10年保存し飲めば、味が良い方向に変わっていると感じるものは多い。
体感的にいいシェリーカスクや、フロアモルティングをしている蒸溜所のものは、ポジティブな変化の巾が大きい。
最近はそんなに大きく変わらないだろうな、と思う味のニューリリースが多いが、たまに私では予想がつかないスケールのウイスキーも出てくる。
そういうウイスキーは、私が良くお邪魔する有楽町キャンベルタウンロッホではたいてい複数本買ってあり、何年後かにまた飲めたりする。
そうするとニューリリース時に気づかなかったことや変わったことを感じるし、その経験が蓄積されて見識が高まっていく。
このスプリングバンクも、そんなウイスキーの一つだろう。
このスプリングバンクは、2016からリリースされている新ローカルバーレイシリーズでは唯一、100%シェリー樽熟成原酒のものだ。
2010年蒸溜の2020年瓶詰めの10年熟成、アルコール度数は55.6%でアウトターンは8,500本。
リリースされたのは今から約3年前で、8,500本が瞬く間に売り切れ、リリース直後からオークションで転売され価格が数倍に跳ね上がっていた。
当時私も方々を探したが、定価やそれに近い額では買えなかった。
オークションでの値段をみると、私がスプリングバンク・ソサエティ向けのローカルバーレイのシェリーのシングルカスクを買った価格よりさらに高かった。
ローカルバーレイは1999ヴィンテージから仕込みが再開されていて、ソサエティ向けには1999の11年熟成のリ・チャード・シェリー、14年熟成のリフィル・シェリーがシングルカスクで出ている。
シェリーのローカルバーレイは貴重だが、まだソサエティ向けも1本ずつ手元にある。
また、この2010はシングルカスクでもないし、10年の熟成ならまた似たようなものが出てくるのではないか。
しかも、キャンベルタウンロッホではおそらく定期的に飲めるだろう。
そう思い高い値段では買わなかった。
当時飲んだ印象は、シェリーカスクのネガティブさがまるでない美しいシェリーカスクのスプリングバンク。
10年熟成とは思えないくらい仕上がっていて、定価は安すぎるし高値で買う人がいるのも頷ける。
気になる点は線の細さと、雑味の無さすぎる点、ブリニーと言われる特徴的な味わいが弱めな点。
少し異色で将来像がつかみにくいと思った。
しかし前述したように、100%フロアモルティングでつくるスプリングバンク、かつ100%オロロソシェリーなので、経年での伸びシロが見込めるスペックだ。
その後も店で何回か飲んで、ある程度定点観測ができている。
そして今回ボトリングから3年が経ち、改めて飲んでみた。
そうするといろいろ気付きがあり、テイスティングして今の記録を残したいと思った。
以下にそのテイスティングノートを記載する。
【テイスティング】
焼いたオーク、ミルクチョコレートがけのシリアル、潮風のブリニーなニュアンス、オロロソシェリー。
焦がした鉛筆の芯、ストロベリーティー、厚みや噛み応えのある麦感、白檀のような香木。
粉っぽいテクスチャー、フレッシュなミント、キャラメリゼしたナッツ、二枚貝のエキス。
余韻には樹脂感やチョコレート、麦の甘味などが出てきて長く続く。
非常に香り高く往年のモルトの香水っぽいニュアンス、レジェンダリーなスプリングバンクに出てくる煮詰めた塩イチゴジャムの芽が出ている。
また、短い熟成のシェリーでは感じる事がほぼない香木感がある。
良質で10年という熟成期間内に仕上がっているため、加熟感がないしプルーフもしっかり目に残り厚みがある。
リ・チャー(再火入れ)した古樽、フレッシュシェリー、ヨーロピアンオークなど、さまざまなシェリー樽をヴァッティングしているのが由来だろうか。
また、当初はバンクらしい磯感がそれほどないと思ったが今はしっかり出てきている。
イチゴジャム感もさらに強まっていくだろうし、モルトの香水といわれる香りも磨かれていくだろう。
まだまだ発展途上で、またあと数年して飲んだらどう感じるか非常に楽しみ。
ソサエティ10周年ローカルバーレイ1999も定点観測しているが味わいも深まり、当初よりレートは一段階上がった。
このボトルもそれと共に、最終的にはトップレートまで上がっていく可能性が高い。
ちなみに、1971ヴィンテージといわれる25年のレッドボックス、1997のケイデンヘッド・ウェアハウス・テイスティングなどもそうなるだろう。
なので、今までつけたことはないが、ピーク時には一段階あがるだろうという期待値を+として評価に付け足しておこうと思う。
話題になったのは伊達ではないし、今では値段もさらに上がっている。
スプリングバンクのシェリーは数あれど、このボトルのように、クオリティが最高水準のものはそんなに多くない
行く末を見守っていきたい、素晴らしいシェリーカスクのスプリングバンクだ。
【Verygood/Excellent!!!+】