今年2023年は、日本でのウイスキー製造100周年という記念すべき年にあたる。

今年の4月にそれを記念したウイスキーマガジン主催で、Whisky Luxe東京2023というイベントが開催された。

嶋谷幸雄氏の基調講演に続き、17の生産者のセッションが行われた。

各社のウイスキーのサンプルを飲みながら生産者の話が聞けるという豪華なイベントだった。

  


参加している生産者の製造歴はバラエティに富んでいて、完成品を出せる会社もあれば蒸溜したばかりのニューメイクスピリッツを出す会社もあった。

その17のウイスキーの中で、特に鮮烈な印象を残した酒があった。
それが十山株式会社の井川蒸溜所が出したスピリッツだった。
井川蒸溜所はその時にはじめてその存在を知った生産者だったが、南アルプスの秘境に位置するらしい。
一般の車ではアクセスできない標高1,200mの地にあり、素晴らしい水源をもち冷涼で湿潤な森林の中でウイスキーを作っているという。
後でイベントに参加した他の方に話を聞いても、井川蒸溜所は印象的だったと答える方が多かった。

いつか家でじっくり飲んでみたいと思っていたところ、あるショップでノンピートとピーテッドの200ml瓶のニューボーンが売られていた。
熟成が短いもののフルボトルはさすがに飲み切るのは厳しいので、サイズ的にちょうどいいと思いそれぞれを注文した。

ノンピートは蒸溜が2022年1月で瓶詰が2023年9月の約1年8ヶ月熟成。
カスクNo.373のバーボンバレルで熟成され、カスクストレングスの61%でボトリング。

ピーテッドの方は蒸溜が2021年7月で瓶詰めが2023年9月の約2年2ヶ月熟成。
30ppmという表記があり、カスクNo.202のバーボンバレルで熟成され、カスクストレングスの60%でボトリング。

両者ともまだまだ熟成の途上だが、この蒸溜所の今と将来を感じてみたくて開栓して飲んでみた。

■ノンピート
若さのわりには立ち上がる香りの刺激は少ない。
松葉や針葉樹のグリーンなニュアンス、リンゴや洋梨、酸があり冷涼で澄みわたった印象。
スピリティでワックス感があり、ほんのりオイリーなインクっぽさ、乳酸感がある。
麦の厚みや太さは強くなくボディはライト。
ミルク感や甘味があり森永のマリービスケットのようなニュアンス、完熟レモン、その皮の苦味。
静謐でクリスタルのような透明感があり、シャサーニュ・モンラッシェの白ワインのような印象を受ける。
さすがに余韻は短く、熟成感や樽感はないがクリアで上質なスピリッツ。

あまり樽感を出さず、オレンジやバニラが綺麗に付加されてくると良さそうだが、相当熟成に時間を必要としそうな印象。

【Good/Verygood!!】


■ピーテッド
香りはそれほど強くはないが、しっかりと内陸系のピートのスモークを感じる。
レモン様の柑橘、脂の少ないベーコン、炭や籾殻の煙。
モカチョコレート、鰹節、森永のチョコチップビスケットのようなニュアンス。
ナフタレン、かすかにラベンダーのフローラルさ。
柑橘系のニュアンスやスピリッツのクリアさは残しながら、意外にもミディアムピートとの相性のよさが光る。
また、ノンピートとは対象的に、明るく活発で陽性の印象を受けた。
半年の熟成の長さとピートの影響なのか、こちらの方が仕上がっていると感じた。

【Good/Verygood!!!】


両者に共通するのはクリアでクリーンな澄みわたった印象と、柔らかい和のニュアンスで、他にはない個性をもったウイスキーに育っていきそう。
独創性とテロワールがあるという点において、白州と共通するものがあり、白州同様風景が頭に浮かぶ酒だと思う。
また、偶然かもしれないが蒸留した季節の印象がその酒質に投影されていて、静謐で冷涼な1月のノンピート、明るく陽性な7月のノンピートと対照的だ。

蒸溜所の立地的に寒暖差も相当にありそうで、自然環境がダイレクトに酒に現れる点が、イベント時に飲んで印象に残った一因なのかもしれない。
これが偶然でないなら、冬蒸溜、夏蒸溜など季節を冠した商品展開をしても面白い。

最後に二つを混ぜて少し加水し、この蒸溜所のスタンダード加水ボトルのイメージを味わってみた。
クリアさを損なわす、かすかにスモーキーさもあり、リンゴとチョコがマッチし、フローラルさが足されたためかベリー感が出てくる。
48%~50%の少し高めの度数で、ピート感を足したものをスタンダードラインに据えたらかなり面白そうだ。

この蒸溜所の魅力は、テロワールを強調したクリアでクリーンな酒質だと思う。
ゆえに商業的には難しいかもしれないが、樽感を押し出しすぎず、良さを損なわないようにしっかりと熟成させてほしいと感じた。
上質なシェリー樽とのマッチングも気になるところで、シェリー樽熟成のものが出たら試してみたい。

価格的には200ml瓶で税前4,800円、フルボトル換算の税込だと18,480円とニューボーンなのにそれなりにする。
時代も違うので比較しても仕方がないのだが、私の手元にあるストックウイスキーの35年以上の長熟ものの大半と、買値はほぼ同じということになる。

熟成に要する時間が長いウイスキーはもとより、最近の高級なバレル・エイジドのジンやグラッパと比べてもかなり高い。
個人的には、価格は今のジャパニーズクラフトウイスキー全般の課題だと思う。
熟成途上の割には高価で、特定のファン層にしかアプローチできていないのではないかと感じる。
同じ値段を払えば、家でならすごいワインやシャンパンが飲めるし、相当な感動を得ることができる。

とはいえ、その今の相場の中では200mlなのでそう高価ではなく、200ml故のトライのしやすさはありがたかったし満足感は得られた。
やはり井川蒸溜所の酒はいいウイスキーになっていきそうで、イベントで感じた将来性を確認できたニューボーンだ。