モルトウイスキーの蒸溜所にはその蒸溜所独自の味わいがあり、それはハウススタイルと呼ばれる。
あくまで私見だが、ハウススタイルがわかりやすい蒸溜所と銘酒を生み出す蒸溜所はイコールである事が多い気がする。
例えば良き時代のマッカランと言えば、綺麗な甘みのある艶やかなシェリーカスクと華やかなフローラルさをほとんどの人が想像するだろう。
またボウモアといえば、アイラのヨードとミディアムピートのスモーキーさ、柑橘や時にはトロピカルなフルーツ感が共存している味を思い浮かべる。
麦の甘みやミルキーなコク、潮っぽさを纏った独特の香りと味を持つスプリングバンクも、名前を聞くとそのスタイルが呼び起こされる名蒸溜所の一つだ。
それ故にウイスキーの銘柄を伏せられた状態で挑むブラインドテイスティングにおいても、蒸溜所が当てやすいのはハウススタイルが現れているものである事が多い。
逆にいえば、ブラインドテイスティングを出題する側の人には、ある程度のハウススタイルの理解が求められるのだ。
そして、ハウススタイルはそのウイスキーを熟成した樽がバーボンの空き樽なのか、それともシェリーの空き樽なのかでも、その表れ方は異なる。
また、蒸溜された年代によってもそのスタイルの出方は違ってくる。
しかし、どの樽で熟成されていても、どの年代の蒸溜であっても共通するスタイルがあり、それを高いレベルで維持できている蒸溜所が銘酒と呼ばれているのだと思う。
ではクレイゲラキ蒸溜所、といえばどのようなウイスキーを思い浮かべるだろうか?
よほどのウイスキー好きでない限り、その味わいがパッと浮かんでこないのではないだろうか。
クレイゲラキは、ウイスキー史上に名を残す、ピーター・『レストレス』・マッキーが建てた蒸溜所だと言う。
ピーターの死後DCLに買収されているので、1998年にバカルディに売却されるまでは、60年強の間は今で言うディアジオの傘下にあった蒸溜所だ。
かくいう私もそれほど古いものをたくさん飲んでいる訳ではなく、クレイゲラキといえば80年代終わりから90年代半ばまでの味わいを思い浮かべる。
クレイゲラキのハウススタイルを自分の中で認識でき好きになったのが、その時代の味わいだったというのがその理由だ。
ケイデンヘッドのスモールバッチの1994、その後に出た目黒マッシュタンがセレクトした信濃屋とハイランダーインとのコラボの1994。
そしてスコッチ・モルト・ウイスキー・ソサエティ(SMWS)の44.65、44.67などの1990ヴィンテージなどだ。
そして、クレイゲラキの1990ヴィンテージの素晴らしさを決定的にしたのが、ベリーブラザーズ&ラッド(BBR)から2つの名BARがセレクトした2つのボトルだろう。
ウイスキー・ファインドから出された、師匠と飲むシリーズの目黒マッシュタンによる1990と、銀座ゼニスが10周年に詰めた1990だ。
SMWSの一連のリリースとこの2本によって、1990年のクレイゲラキは『いいヴィンテージ』という認識が確立されたのではないかと思う。
個人的にはそのハウススタイルを一言で表すと『スペイサイドのクラインリーシュ』という言葉に行き着く。
ベースはスペイサイドの華やかなウイスキーだが、麦の厚み、キャラメルのようなミルキーなコク、樹液などクラインリーシュと共通するフレーバーが多い。
もちろん同じディアジオ系列だったというのも無関係ではないだろう。
そうなるとバカルディに買収されてからの出来が気になるところだが、今まで飲んできたものの印象だが1998を境にクオリティが落ちた、とは思わなかった。
しかし、オフィシャルも含めて価格的にはかなり上がっているので、新しくて安いおいしいクレイゲラキはないだろうか?と思って購入したのがこのボトル。
ウィスク・イーが立ち上げた会員制組織、ザ・ウイスキー・クルーが詰めたクレイゲラキだ。
なんと言ってもゼニスとマッシュタンに樽を供給した世界最古のインディペント・ボトラーBBRが所有している樽から選ばれている。
そしてシリーズは、数々の名品を生み出してきたウィスク・イーによる日本向けのレトロラベル。
期待値は否が応にも上がる。
ヴィンテージは2006年で瓶詰めは2020年の13年熟成、カスク№8101264のバレルで熟成されている。
アルコール度数は57.4%のカスクストレングスだ。
個人的にはクレイゲラキのハウススタイルは、バーボン樽の方がより分かりやすいと思っている。
そういう意味でも期待できると思い注文していたものが届いたので、テイスティングしてみた。
【テイスティング】
白い花の花弁、文旦の白い薄皮やレモンピール、少しスパイシー。
優しい麦の甘み、コクがありクリーミーなバニラ、トロっとした蜂蜜、フローラルで華やか。
青リンゴの皮、余韻には淡くドライアプリコットやリンゴのフルーティー、13年の熟成にしてはオーキーさはあるがそれが厚みを与えている。
アルコール度数の強さをさほど感じさせない開けたてから完成度の高さがあるクライゲラキ。
このヴィンテージ、熟成年にして完成度が高く、絶妙なタイミングでボトリングされている。
長い熟成のもののように樹液やキャラメル感は今はさほど感じないが、瓶内の変化によりトロみと共に出てくるのではないか。
クレイゲラキのハウススタイルがうまく現われているボトルで、味もさることながら価格も税込8,900円と、このシリーズらしいハイコストパフォーマンスなのも素晴らしい。
この価格帯だとBARで飲んでもよし、気に入ったら自宅で楽しむもよし、数年間寝かして変化を見てもよし、と気軽に楽しめる。
※当時としてもかなり良心的な価格だった6年半位前のリリース、マッシュタン向けの1994ヴィンテージ19年と比べても、熟成年当たりの金額は100円程度しか上がっていない。
この味ならもっと高くても売れると思うので、相当良心的な値付けだと思う。