迎春早々
明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。
ということで早速ですが、昨年大晦日にパソコンがクラッシュしました。
今までの書き込みデータは別ディスクに保存していたので無事でしたが、
いろいろな意味で他の何もかもが吹っ飛んでしまい精神的にもかなりやられてしまいました(T T)
天皇誕生日もクリスマスイブも出勤して元旦から普通に働いているのに
これはないだろうと思わず天を見上げてため息をついてしまいます。
どうにかパソコンそのものの復旧には成功しましたが、
仕事で海外に生息中と言うことで初期化が精一杯の対応です。
安心してネットに繋げるにはほど遠い状況です。
因みにこれは宿舎の共用パソコンから書き込んでいますが、
それ故に長々と書き込むことはできませんし落ち着いて書き込みができる環境でもありません。
というわけで書き込みが3月中旬予定の帰国までかなり難しい状況になることをお伝えしておきます。
初詣というより厄払いに行きたい今日この頃です。神社はここからあまりにも遠すぎて、冬。
なかなか思うようにはいかず
土日に出かけないといけなくなったり体調が微妙だったりととりあえず言い訳しておいて
とにもかくにも久方ぶりにアップ。
お待たせして申し訳ありませんと謝ってもそれを受けてくれる奇特な方々がいるのかどうかと言うことは
怖いので考えないようにする今日この頃。しかし我ながら話が進まn(ry
Naked Blade 12
その年のゾイドバトル年大会は、事前の予想を大幅に上回る盛り上がりを見せていた。
開催前は誰もがセイジュウロウの優勝を疑わず、故に最も多額の掛け金が動く優勝者予想においても
「誰が優勝するか」ではなく、「誰を相手に」「どれほどのタイムで」セイジュウロウが優勝するかを的中させるのかということが
対象になるほどであったが、そこに極めて有力な対抗馬が現れたのである。
黒と赤に塗り分けられたアイアンコングを操る「それ」は、人格や言動はともかくゾイド乗りとしての腕は紛れもなく一級品だった。
当初は大口をたたく田舎の傭兵隊長扱いだった「それ」は予選から本戦に勝ち進むにつれ次第に注目を集め、
やがてその勝利に要した時間がわずかながらセイジュウロウよりも短いものであることが判明したとき、
「それ」は一気に優勝候補としての地位と立場を獲得した。
セイジュウロウが不調であるらしいと言う複数の解説者のコメントも、その勢いに拍車をかけた。
前回優勝者の特権として予選を免除され本戦から登場したソウルタイガーは、確かに前評判を裏切らない危なげない強さで
トーナメントの階段を順調に勝ち上がっていた。
しかし、急遽登場したアイアンコングとは対照的に、最強のはずのゾイド乗りに操られた白虎は闘技場に現れて勝者として帰るまで
以前よりも確実に長い時間を必要としていたことも確かであったのだ。
さらに、控え室で病的に咳き込むセイジュウロウの姿を見たとする正体不明の噂がそこに加わったのである。
確かに、それでもセイジュウロウは十分すぎるほどの強さを見せていた。そのこと自体を否定する者はいなかった。
だが、カグラックの街全体に、その強さに何処か退屈する雰囲気が漂っていたことも否定はできなかった。
強さを認めることに消極的ではないが同時に移り気で無責任でもある歓楽街に、
新たな強者の登場を待ち望む空気が生じていたことも事実であった。
気がつくと、準々決勝で「それ」とセイジュウロウのオッズはほぼ横一線となり、準決勝ではわずかながら「それ」が上回り、
決勝では明らかに「それ」の名前が書かれた賭けを握る客の数がセイジュウロウに賭けた人間を上回ることが明らかとなっていた。
娯楽を求める人間にとって、セイジュウロウは強すぎる故に退屈だった。
客を楽しませようとする姿勢も見せず、媚も売らず、ただ当たり前のように戦って当然のように勝つそのスタイルは、
感心するものではあっても楽しめるものでもなく、興奮を得られるものでもなかった。
また、金銭を求める人間にとって、セイジュウロウは孤高に過ぎる故に望ましい「商売相手」ではなかった。
腕のいい整備士や修理工に報酬を惜しむことはなかったが、莫大な賞金を獲得しながら乱痴気騒ぎも大盤振る舞いもせず、
酒池肉林に溺れもせず豪奢な生活を送ることに微塵も興味を見せようとしないその生き方は、
儲けを至上とする者にとっては積極的に支持したいと思えるものではなかった。
一方、「それ」はセイジュウロウより遙かに狡猾―――巧妙だった。世慣れていた、と言ってもいいだろう。
「それ」は一時的に己の欲望のままに振る舞うことをそれなりにではあるが抑制すると、
自らを取り巻く環境を取り込むことを計ったのである。
要はセイジュウロウと完全に正反対のスタイルを確立しようとしたのだった。
バトルにおいては客受けのする大技やパフォーマンスを多用し、
闘技場の外では積極的にスポンサーやパトロンとなりうる大商人や有力者に自らを売り込んだのである。
自己宣伝に限れば、「それ」はセイジュウロウを完膚無きまでに圧倒し、実際に圧勝していた。
故に、決勝戦の日を迎えたカグラックは、セイジュウロウを快く迎えようとするものであるとは言い難かった。
その連覇もついに途絶えるだろうと言う声は街のあらゆる場所で誰もが耳にすることとなり、
特にその声は人と金を多く握る街の有力者の近辺で大きく聞こえていた。
セイジュウロウに賭ける人間の声も皆無ではなかったが、街としては新たな強者の登場を望んでいることは誰の目にも明らかだった。
「それ」を指示する某有力者が大会主催者に圧力をかけ、セイジュウロウの機体に細工を仕掛けた―――そんな噂すら流れていた。
そして、その噂はセイジュウロウへの指示を増やすことには繋がらなかった。
それはむしろ「それ」の勝利に賭ける人間の数を増やす方向に作用したのだ。闘技場を包む空気が、そうさせていた。
決勝戦を目前にして、セイジュウロウはセイバータイガーのコクピットで一人目を閉じていた。
勝利を願う花輪や支持者からの差し入れは前回よりも明らかに減少し、
用意された控え室は7連覇を達成した強者に用意されるには幾分狭くて薄暗い部屋であったにも関わらず、
孤高の戦士は以前と全く変わりのない状態でその時を待っていた。
武者震いもせず、雄叫びも上げず、周囲の喧噪と雑音を意識から断ち切り、
ただ静かに戦いを待つ―――その戦士が、ふと目を開けた。
「!」
戦士と白虎以外誰もいなくなったはずの格納庫に、一人の少女が姿を現していた。
油と誇りと錆に汚れたキャットウオークで、背中まで届くようになった青い髪が輝いていた。
非常灯程度しか明かりのない空間に、鳶色の瞳が不思議なほどにはっきりと見えた。
急速に成熟しようとする伸びやかな肢体を一族の戦装束に包み、右肩に唯一の親友である白い鳥を乗せた、
清純さと妖艶さの両方を兼ね備えてはいても今この時はそれを売り物にはしていないコトナ・エレガンスがそこにいた。
「………………………」
本来なら部外者が入ることは認められていない格納庫に現れた一介のウェイトレスであるはずの少女に、
セイジュウロウは声をかけることはなかった。なぜここにいると問いかけもせず、よく来たと応えることもなかった。
戦いに備えて閉じられたハッチは開かれることはなく、白虎が興奮に唸ることもなかった。
それでも、コトナにはセイジュウロウが自分を見たことが分かった―――ソウルタイガーがわずかに首を動かし、
少女に顔を向けるようにするのを見ることができたから。
「………………………」
コトナの右手には、今まで現実の汚泥にまみれつつ悲鳴と嗚咽を胸の奥でかみ殺しながら貯めた金銭を全て費やして購入した
セイジュウロウの名前が書かれた賭け札が握りしめられていた。
それは、仮にセイバータイガーがアイアンコングに破れることがあれば、
コトナは今現在身につけているものと1羽の鳥以外の全てを失うことを意味していた。
それでも、コトナは後悔はしていなかった。不安は皆無ではなかったが、それ以上の何かが少女にそうさせていた。
去年以上の盛り上がりを見せている大会の決勝戦の日という稼ぎ時に、
何の後ろ盾も持たないウェイトレスが職場放棄して会場にいること自体が危険すぎるほどの賭であったのだ。
店の主人に休暇を貰うとは言っては来たが、それは文字通り言っただけで承認を得たかどうかは確認していなかった。
結果がどうあれ決勝戦が終わった後に首にされて叩き出されることも十分に考えられたし、自覚もしていた。
それでも、コトナはここに来ることを選んだ。自分に賭けることのできるものの全てをセイジュウロウに賭けることを選んだ。
それは義務であり、同時に希望であり喜びだった。
コトナ・エレガンスがコトナ・エレガンスであるためにはそうする必要があり、
少女がそうであることを望み、己がそうあるべきと信じる存在であるために、コトナは己自身をセイジュウロウに賭け、
そして捧げることを選んだ。もしも全てが失われたとしても、それはそれで仕方がないと覚悟も決めていた。
ここで失われるならば、それはその程度のものでしかなかったと諦めるつもりであったのだ。
それだけ、コトナはセイジュウロウを信じていた。
セイジュウロウがコトナに見せてくれた、魅せてくれたものを信じていた。
誰よりも豊かになりつつある胸の奥に今でははっきりと在ることが分かる何かを信じていた。
現実の暴虐と悪意から自分を守り、大人になろうとする少女を傷つけようとする敵から守ってくれた、あの背中を信じていた。
それを信じられない自分なら、そんなものはいらなかった。
セイジュウロウの背中に全てを預けられない自分なら、セイジュウロウに守って貰う価値はなかった。
コトナはコトナであることを望んだ。コトナを貫くことを選んだ。
たとえ世界がそれを許さなくても、セイジュウロウを拒んだとしても、
コトナ・エレガンスはセイジュウロウを信じ、選んだのだった。
「………………………」
コトナはセイジュウロウに呼びかけはしなかった。ソウルタイガーに手を振ることもなかった。
少女と白虎はただ見つめ合い―――バトルの始まりを告げるけたたましいベルが、それに終わりを告げた。
「………………………」
軋んだ音と振動と共に、前面の扉がゆっくりと開く。
開場と同時に満員御礼となった戦いの場がその姿を現してゆく。
ゾイドの欠片と流したオイルとレッゲルにまみれた闘技場。
罵声に近い歓声に揺れる観客席。「それ」寄りのスタンスを隠そうともしないアナウンスの残響と反響。
そこに待つのはアイアンコング。
黒光りする大戦斧を構えて舌なめずりする、街全体を味方につけた上で白虎と少女を踏みにじろうとする鋼の大猿。
「!」
そんな世界に向かって、ソウルタイガーが歩き出す。
ただ一人の主の命に従い、ただ一人の少女に見送られて。
沈黙と共にコトナの想いを背負い、担いつつ、戦士と白虎は現実に戦いを挑もうとしていた。
二人の戦いに臨むことを選んでいた。
書けば書くほど?
今回のでどうにか捏造過去編の終わりが見えて来ているような来ていないような。
書けば書くほど話が進んでいない気がするのは錯覚だと思いたいけど思えなくなるかもしれない今日この頃。
Naked Blade 11-2
もちろん、コトナの見つめていたセイジュウロウが全てのセイジュウロウではないだろう。
セイジュウロウにもセイジュウロウなりの欲望と混沌があってて当然であって、
少女には見ることも感じることも出来ない部分はない方がおかしいということは理解している。
しかし、それでもコトナがセイジュウロウの中に見いだした部分が存在するという事実は揺るがない。
闇と陰の存在は光と輝きを打ち消すものではない。例えそれが少女に捧げられたものではなくても。
コトナが勝手に見いだし、感じ取り、受け止めていたものであったとしても。
「………あなたは……っ、セイジュウロウは、わたし、のっ、そ…のっ………だか、らっ……」
途中からは言葉が言葉にならなかった。
殺しきれない嗚咽を懸命にこらえようとしながら、
それでも何とかして何かを分かってもらうために話し続けようとするコトナは、
自分が半泣きになっていることに気づいていなかった。
自分の勝手だと分かっていた。
自分が勝手に腹を立てて、許せないと感じて、自分から喧嘩を売ったのだと理解していた。
セイジュウロウに庇ってもらう筋合いのことではないと認識していたから、
興奮しているのはただの身勝手で、泣くのは自分勝手だと理性では判断していたから、
泣いてはいけないと思っていた。自分自身で何とかしなければならないと決意していた。そのつもりだった。
しかし、現実は違った。少女の怒りは少女自身の予想よりも遙かに大きく激しくなり、
その熱さは自己制御を著しく困難なものにしていた。
また、倒すべき相手は考えていたよりずっと強大で―――少女の腕と脚はそれを全て打ち倒すにはあまりに華奢で、
結局は不意に現れた戦士の背中に隠れてしまうこととなった。
大切なものを汚された悔しさと、それを止めることも打ち倒すことも出来なかった悔しさが、
コトナの声を詰まらせていた。悔し涙に瞳が溺れてしまっていた。疲労以外の何かに身体が震えてしまっていた。
そのコトナを、セイジュウロウは背にしていた。
「だからか」
「……………………」
必要最小限のセイジュウロウの言葉に、コトナがコクンと頷く。
男の裾をつまんで首を縦に振るその姿は、アイアンロックの凄腕の戦士でも無数の男を悩殺しているウェイトレスでもない、
一人の少女だった。残酷なほどに純粋で、無惨なほどに可憐な、現実と世界に押し潰されそうになっている小さな少女だった。
少女の味方は何処にもいなかった。
正面の男達は少女を踏みにじろうとする敵だった。
周囲の人間達は敵から少女を守ろうとしない傍観者だった。
その世界で少女を守ることが出来る存在があるとすれば―――それは。
だから、刃は意識しないままに剣になろうとしたのかもしれない。
少女を取り巻く世界と現実を斬り開く、ただ一振りの剣に。
「どうして」
視線だけで屈強な傭兵達を制圧しながら、セイジュウロウはコトナに話しかけた。嗚咽する少女に、静かに応えた。
「バケツを使わなかった」
コトナの頭脳はその言葉の意味を理解するのに通常よりも遙かに多大な時間を必要とした。
その台詞はあまりにも予想外のものだった。
単語の意味はそのまま理解できても、その意図を理解するにはそれなりの段階を踏まなければならなかった。
コトナ・エレガンスは、セイジュウロウを馬鹿にされたのに腹を立て、その相手にグラスで水をかけた。
セイジュウロウはその事実を認識した。
セイジュウロウは、コトナ・エレガンスがグラスで相手に水をかけたことについて、何故バケツを使わなかったのかと質問した。
何故バケツを使わなかったのか。何故バケツを使わなかったのか。何故バケツを使わなかったのか。
何故―――水をかけるのにグラスではなく、バケツを使わなかったのか。
「………………!?」
コトナが目を見開く。
瞳が涙に濡れたまま、こらえきれない感情の高ぶりが頬を濡らしたまま、伏せていた顔を思わず上げる。
その目に映るのは、セイジュウロウの背中だった。振り向こうとはしない、大人の男の背中だった。
長身ではあるが細身の―――なのにとても大きく、広く、力強い、セイジュウロウの背中だった。
「!」
身体が震えた。疲労でも悔しさでもない何かに自分の身体が震えたことを、コトナは感じた。
嗚咽ではないものが身体の奥底に生まれ、胸の奥に広がるのを感じた。
今まで小さく淡く感じていた何かが急速に大きくなり、広がり、ふくらむのを感じた。
心臓が命のリズムを勢いよく叩き出した。自分が生きていることを鼓動が高らかに唄っていた。
少女を背負うことを認めた男の背中が、ただひたすらに圧倒的だった。
「… … … … … … … … …」
その意味に気づいたらしい「それ」が顔を真っ赤にして何かを言い立てているが、
コトナの理性と感情はそれを感じ取る必要性を否定した。
「話はバトルで聞く。失せろ」
「! ! ! ! ! !」
「失せろと言った」
………そこから先は、よく覚えていない。
「それ」とその取り巻き達が個性と品性の両方が致命的に欠落した捨て台詞を吐きながら出て行って。
店の奥から虚勢で顔を真っ赤にした店主が出てきて自分に怒鳴ろうとして、セイジュウロウに睨まれた途端に
へなへなと腰を抜かして座り込んで。
セイジュウロウが店主に二言三言話しかけて、店主が出来の悪いからくり人形のように何度も首を縦に振って。
それから、もう一度記憶は鮮明になる。
「………………」
セイジュウロウが振り向く。
身勝手に客に喧嘩を売り、身勝手に乱闘を始め、身勝手に背中に隠れてきた少女に向き直る。
自分よりも頭一つ以上背の高いその姿を、コトナは見上げて見つめることしかできなかった。
少女の喧嘩を代わりに引き受けた大人の男の瞳は相変わらず冷たいほどに澄んでいて、あまりにも静かで、
それが世界と少女をどのように映しているのかは分からない。
揺れることもなく、ぶれることもなく、男は黙って少女を見つめた。
少女はその瞳に我が身を映されることしか出来なかった。
乱れた衣装を直すことも忘れ、はっきりと谷間を形成する胸元もほとんど露わになっている太腿を隠すことも忘れ、
ありのままのその全てをセイジュウロウに見つめられ―――セイジュウロウの目に晒していた。
不快感はなかった。嫌悪感は皆無だった。
むしろそれを当然のこととして受け止めていた。恥ずかしさはうっすらと感じてはいたが、止めようとは思わなかった。
その時、コトナ・エレガンスは明確に、はっきりと―――
そのコトナを黙って見つめていたセイジュウロウは、やがてほんの少しだけ口元を緩めて―――
「バカめ」
ただ一言そう言って、コトナの髪を一度だけ撫でた。
バカめ。
たった3文字のその言葉の意味を、今もコトナは時折考える。
一人で勝手に熱くなって喧嘩を売ったのがバカなのか。
自分と相手の戦力差を考えずに戦闘を開始したのがバカなのか。
勝手に喧嘩して勝手に負けそうになって勝手に保護を求めたのがバカなのか。
それとも、他にも、あるいは、そうでなければ―――回答など出るわけもないその思考実験に浸るのが、嫌いではない。
その時の自分がどれほど大胆で挑発的で恥ずかしい格好だったかと言うことを思い出して
頬を赤く染めてはベッドの上でのたうち回って毛布を抱きしめてシーツに顔を埋めるのがお約束ではあったけれど。
あの時、一度だけ髪を撫でてくれた掌は、とても大きくて温かくて、そして心地よかった。
あの背中が、あの手が、決して消えない―――消えるはずもない、消そうとも思わない何かを深く深く刻み込んでいた。
子供と大人の境界にたたずんでいた時期に刻まれたそれは、少女と女の両方にも明確な存在として浸透していった。
そして、刃が剣であることを示す時が来た。
Naked Blade 11-1
息苦しくなるほどに酒と煙草と脂の臭いが澱んでいる酒場。
散乱する酒瓶と皿の破片。床に飛び散って壁にへばりついている料理だったものの固まり。
現実に凍り付くだけの店員と客。
人数と暴力を笠に着てむき出しの欲望に顔を歪める人間のふりをしたケダモノ達。
急激に大人になりつつも少女であることはやめない存在を不快感と嫌悪感で塗りつぶそうとする悪意達を、
その声は一息でかき消した。身体中にまとわりついて嬲ろうとする臭いと煙を、一陣の涼風が吹き払った―――ように感じた。
一気に悪夢に変えられようとした現実が、刃鳴りの一閃で斬り裂かれた。
「よせ」
ただ一言。ささやき声に等しい声量も語調も抑制されたその言葉だけで、コトナにかかろうとした男達は動きを封じられた。
孤立した獲物を壁際に追い詰めた男達の包囲陣が乱れた―――機能を維持し続けた戦士の部分がそう判断すると、
後は身体が勝手に動いた。それはほとんど本能的な行動だった。他に何も考えられなかった。
「!?」
疲労と何かに震える脚を無理矢理動かして包囲陣を一気に抜ける。
その隙間を駆け抜けることだけを考えて、男達の存在そのものを無視して、コトナは走った。
壁際から入り口までの距離を全力で駆け抜け、愛らしい唇をきゅっと結んで、
瞳から溢れようとする何かを懸命にこらえながら20歩足らずの距離を必死に踏破すると、
何も考えずにその後ろに駆け込んだ―――セイジュウロウの、その背中の後ろに。
「…………………」
セイジュウロウは何も言わなかった。特に何も行動を起こさなかった。
呼吸も忘れて背後に回った少女をわずかに瞳を動かして見つめてから、再び視線を前に向ける―――それだけだった。
無法者に等しい連中の視線からコトナを遮る位置に立ったまま、そこから動こうとはしなかった。
少しの沈黙と膠着状態が続き―――事態は新たな展開を見せた。
「………んだ、貴様は。そのガキを庇おうってのか」
首領をしての貫禄の違いか、コトナを追い詰めた状態のまま動きを忘れた連中を背後に、「それ」が前に進み出た。
暴力に限れば不自由も不足もしていない肉体をこれ見よがしに見せつけながら、
悪意を隠そうとしない獰猛極まる視線でセイジュウロウを睨み付ける。
並の人間やゾイド乗りならそれだけで戦意も闘志も折り砕かれそうな強烈な視線―――しかしセイジュウロウは動かない。
少女を背後に隠したまま、突きつけられる意志を受け止める。
「何があったのかは知らんが、貴様らが無駄に暴れたらしいことは分かった」
自分の前に誰もいないような態度で、見事なまでに乱闘と混沌をまき散らされた店内を見渡す。
ひっくり返ったテーブル、壊れた椅子と食器の数々、料理長が頭をかきむしって嘆きそうになりそうな哀れな料理達。
関係者であれば酒と不貞寝に逃げたくなって当然の悲劇と喜劇の混合物を、セイジュウロウは静かに眺めていた。
敵意をむき出しにする「それ」とその集団を完全に無視しながら。
「大した醜態だ」
「何だとテメェ………っ!!??」
「それ」とは正反対の方法であしらわれた取り巻きの一人がようやく激高してセイジュウロウに掴みかかろうと―――して、
そのまま動きを封じられる。刃のように冷たく鋭い戦士の視線が、数と勢いだけを頼みにする戦士もどきを圧倒した。
「………………」
セイジュウロウの瞳に撫で斬りにされた男達が、動き出そうとしてもう一度身体の自由を失う。
力量と格の違いが、意識と無意識を越えたさらに深い部分に突き刺される。
殴りかかるどころか罵声の一つも飛ばせずに、男達は掌や背中に冷たい汗が浮かび上がるのを感じていた。
超えられない―――超えようとしてはならない不可視の壁が、セイジュウロウと男達の間に立ちふさがっていた。
「………何だか知らねえなら、首を突っ込んでくるんじゃねえ」
だが、暴力と欲望にまみれてはいても、「それ」はやはり凄腕と呼ばれるにふさわしい力量の持ち主だったのだろう。
セイジュウロウの呪縛を力任せに引きちぎると、「それ」は緩やかな弧を描く片刃剣を背負った剣士を圧倒しようとした。
「その小娘は店員のくせに客にグラスの水をぶっかけた礼儀知らずだ。
だから俺様が店員としての礼儀を教えてやろうとした。喧嘩を売ってきたのはその小娘なんだよ。
分かったらさっさと消えやがれ。今だったらこのまま見逃してやる。
それとも何だ、貴様が代わりに礼儀を教えてもらいたいってのか? あ?」
「それ」が一歩踏み込む。どちらかが敗北を認めなければならなくなる距離に足を踏み入れる。
長剣ではなく短剣の間合いで二人の男が向き合った。
「それ」の濁った目に、表情を浮かべずに立ちはだかるセイジュウロウの姿が映る。
セイジュウロウの澄んだ目に、顔の筋肉を醜く歪めた「それ」の姿が映る。
何もかもが対照的な戦士同士が、互いの襟首をつかみ合える距離で立ち会った。
次に反応を見せたのはセイジュウロウだった。だが、その反応は「それ」に対して向けられたものではなかった。
「本当か」
「………………!」
その言葉が自分に向けられたものだと言うことを、コトナが理解するのには多少の時間が必要だった。
伏せていた顔をおそるおそる上げたコトナの視界の中で、セイジュウロウは相変わらず背中を向けたままだった。
「それ」と向き合ったまま、セイジュウロウはコトナに尋ねていた。
「………………」
少しの沈黙の後、コトナは小さく首を縦に振った。「はい」と答えるつもりであったが―――声が出なかった。
何故だか怖くて、喉の奥から声が出せなくて、それでも嘘はつけなかったから、セイジュウロウの問いに頷いた。
セイジュウロウの背中の後ろに隠れている以上、無言の動作はそのまま伝わることはない―――はずなのに、
セイジュウロウはもう一度問いかけようとはしなかった。そうか、と言っただけだった。頷けばそれで十分とするように。
「何故だ」
何故そんなことをした―――当然といえば当然の質問に、コトナは叱られたようにぴくりと肩をすくめた。
「それ」の言葉は事実だった。連中はコトナに直接喧嘩を売ったわけではなかった。
何度も卑猥な言葉で嬲られたり胸や腰に下品な手を伸ばされたりはしたが、
それらは色気も売り物にしている店の人間に対しては許容範囲のものとして
「大人達」が黙認しているものだということは、納得は出来なくても理解はしていた。
作り笑いで受け流すことが求められるレベルに止まっていたと言うことは認めざるを得なかった。
にもかかわらず自分は実力行使に出た。先に手を出したと言われれば否定は出来なかった。
店で一番の売れっ子ウェイトレスとしてはあるまじき振る舞いだった。その視点から判断すれば非は自分にある。
でも、受け入れられなかった。頭を下げたくはなかった。格好だけでも謝罪することには耐えられなかった。
心の中の大切なものを守ろうとしたことを非として認めるわけにはいかなかった。
「………だって、こいつらが、あなたのことを馬鹿にしたから………っ!」
毎日少しずつ大きくなっているような胸の奥からこみ上げようとする何かを必死にこらえながら、
コトナはどうにか声を絞り出した。普段は客の耳を心地よくくすぐる声を奇妙に歪ませながら、
それでもセイジュウロウの問いに答えようと全力を尽くした。力を振り絞った。
「こいつ、何にも知らないくせに、あなたのことを二流だ三流だって、偽物のゾイド乗りだって、
散々馬鹿にして、酷いことを言って、悪口を言って………っ!!」
決して大きくはないコトナの声と言葉―――魂を吐くような小声の絶叫が、セイジュウロウの背中を打った。
少女の悲鳴が、男の鼓膜を震わせていた。乱れた言葉と吐息が、戦士の中にある何かを懸命に叩いていた。
「あなたがどんなに強くて、どんなに綺麗で、どんなに凄いか知らないくせに、
見たことも聞いたこともないくせに、なのに、なのに………」
無意識のうちに、コトナはセイジュウロウの服の裾をつまんでいた。
セイジュウロウが身に纏う何かに実際に触れていた。
その背中に抱きつくのではなく、すがりつくのでもなく、形のいい小さな指で、男のほんの一部に縋っていた。
セイジュウロウは何も言わなかった。身じろぎ一つしなかった。
戦士としては取られてはならない背後で、
ほんのわずかとはいえ自分以外の人間が動きを封じることになる動作をしたにもかかわらず、
純粋な戦士としての行動を起こそうとはしなかった。
「だから、わたし、我慢できなくて、許せなくて、耐えられなくて、それで、それで………っ」
気がつくと、コトナの中でセイジュウロウは現実の中の光そのものになっていた。
金と酒と脂で生暖かく澱んだ酒場の中で、ただ一人涼やかで心地よいものを感じさせてくれていた。
子供は虐げるもので、少女は汚すもので、女は犯すものとしか見ない連中の中で、
唯一違うものを見せてくれて、違うことをしてくれた。
子供だからと言って暴力を振るうこともなく。
少女だからと言って下品な手を伸ばしてくることもなく。
女だからと言って欲望に濁った目で犯そうとすることもなく。
コトナ・エレガンスをコトナ・エレガンスとして扱ってくれた。認めてくれた。
現実は嫌悪感と不快感を満たすだけの不愉快なものだけではないと言うことを教えてくれた。
そして、それが無力でないと言うことも教えてくれた。
心地よいもの、綺麗なもの、心と身体が気持ちよさに震えるものが、
現実の中では悪意と暴力に押し潰されてしまうだけの絵空事ではないことを示してくれた。
欲望の中で生きていくしかなかった少女に、欲望以外の何かを―――大切に思える何かが存在することを教えてくれた。
汚れきってしまって生きていくしかないという絶望の他に、確かに希望は存在するというのだということを見せてくれた。
セイジュウロウを見つめているうちに、流れる汗が美しく見えることもあるということを知った。
何かに力を尽くすことが、唾棄すべきことばかりではないと知った。
何かと戦うことが、汚濁にまみれた世界で無様に自分の命を引き延ばすばかりではないことを知った。
強くなると言うことが、他人を押さえつけて踏みにじることだけを意味するものではないことを知った。
全力でぶつかり合うことが、破壊と破滅だけをもたらすとは限らないことを知った。
血と肉で生きている以上、人は汚れずにはいられない。
欲望を否定しきることは出来ない。情欲を消し去ることなど出来はしない。
求めても求めなくても、他人と衝突せずにはいられない。何かを奪い合わずに生きていくことなど出来ない。
現実は現実であって夢物語ではない。一切の例外もなく全てが満たされて幸せになると言うわけにはいかない。
それは自分にとっても同じ事だ。
自分は善良さだけで出来ているわけではない。心の中の混沌も闇も否定することは出来ない。
生きていくためには進んで汚れるしかない。自ら望んで汚泥にまみれていくしかない。
自分と他人の肉体に詰まった液体にまみれながら、それでも生きていかずにはいられない。
薄汚い現実の中で生きて行くには、やはり自分も薄汚くならざるを得ない。
それは分かっていて。納得もしていたつもりで。受け入れる以外に方法はないと理解していて。
でも苦しくて。それが嫌で嫌で仕方がなくて。逃げられるわけなどないのに逃げたくなって。
それがとても辛くて、息苦しくて。
自分を汚そうとする他人が嫌で。その他人を相手に汚れようとする自分が嫌で。
作り笑いが嫌で。愛想笑いが嫌で。媚びを売って色気を振りまいて生きる糧を得ようとする自分が大嫌いで。
そうしなければ生きていけない現実と、その現実を受け入れられない自分が吐き気がするぐらい嫌で。
生き抜くために大人にならなければならない心と、生きていくために大人になっていく身体が嫌で、許せなくて。
そうして何もかも嫌で許せなくなっていたコトナに、セイジュウロウは小さいけれど確かな希望を与えてくれていた。
少女が少女でいられなくなる前に、堕ちきって汚れきってしまう前に、大切なものを見せて教えてくれた。
大人になることは悪いことばかりではない。
強くなることは悪いことばかりではない。
生きていくことは悪いことばかりではない。
―――大人も、男も、大人と男の間で生きていく自分も、悪いことばかりではないということを。
Naked Blade 10
空気が凍り付いていた。
店のざわめきの中では生まれた途端に吹き飛ばされて当然の小さな音が、その空間に存在した全ての存在に魔法をかけていた。
客も、店員も、店主も、その音とそれを生み出した存在に、全ての動きを封じられていた。
その場にいた全ての動きを、一人の少女が止めていた。
右手首をわずかに動かすことで、その手にしていたグラスをわずかに動かすことで。
自分よりも幅も高さも遙かに上回る凄腕の傭兵に、グラスの水を浴びせることで。
「………何のつもりだ、このアマガキ」
最初に魔法を振り払ったのは、少女に水をかけられた当人だった。
表情から一気に下卑た笑顔を消し去り、その代わりに並の男なら一発で戦意を失わせるような凄みを一瞬にして浮かべ、
注文などしていない水を顔面に浴びせてきた小娘を踏みつぶさんばかりに睨み付ける。
声を荒げるのではなくむしろ低く抑え、酒精と欲望に淀んだ目から刃のような視線を突き刺してきたのは、さすがに歴戦の凄腕と言うべきか。
単純に喚きはせず、その太い腕を振り回そうとしないのは、単なる力自慢の小物ではないという証明だった。
しかし、その只者ではない「それ」に怒気を叩きつけられたにもかかわらず、
少女は「それ」から目をそらしはしなかった。勇敢と言うより無謀に限りなく近い大胆さで、「それ」と正面から向き合った。
「申し訳ありません、お客様。あまりにもお客様がお強そうに見えましたので、
思わずお客様がどれほどお強いのか試してみたくなりました。ご無礼はお許しくださいませ」
表面上は丁寧な言葉を、誠意も敬意も欠片も存在しない口調と態度で唇から奏でる。
怜悧な瞳に思い切り軽蔑の色を浮かべ、形の良い旨を見せつけるように思い切りそらすと、
コトナは腰を軽く折ってみせた―――腰は折ったが、頭は下げなかった。
かろうじて抑制している渦巻く激情を炎にして浮かべる瞳は、「それ」を前にして伏せられることはなかった。
「………ですが、わたくしの目がいささか節穴だった模様です。
このアマガキ程度の水も避けられないようでは、その実力もたかがしれたもの。
色々とご立派なことはおっしゃっているようですが、どうやらそれも口先だけのもののようですね」
「表面」に触れるだけの悪意だけなら、耐えられた。
「外側」を叩くだけの侮辱なら、作り笑いを浮かべて我慢することも出来た。
だが、それがコトナ・エレガンスの中まで入り込むなら、話は違った。
自分が魅せられたもの、自分を魅せてくれたもの、自ら望んで心に刻んだものを侮辱し、汚そうとするものに、少女は耐えられなかった。
魂に映る白虎の姿を、ソウルタイガーを駆る男の存在を踏みにじろうとした「それ」は、決して許せるものではなかった。
「このガキふざけた真似をしや―――!!!」
ようやく呪縛を振り払って激高することに成功した取り巻き男の一人が、口の中の唾と食べかすをまき散らしながら椅子を蹴飛ばして立ち上がり、
客への侮辱と無礼に満ちたサービスをやってのけたウェイトレスを捕まえてねじ伏せようとする―――が、男の手は見事に空を掴んだ。
大胆な衣装に身を包んだコトナの身体が軽やかに動き、くるりと宙を回って見事な舞いを見せたかと思うと、
綺麗に伸ばされたつま先が見事に男の顎先を捉えていた。
必要最小限度の布地しか使われていないスカートの下から現れた太腿の艶めかしさに目を奪われるととも出来ず、
顎を跳ね上げられた男の身体が一瞬だけ宙に浮かぶと、そのまま勢いよくテーブルの上に落下する。
男の身体ごと床に転がった皿や酒瓶の群がけたたましく騒ぎ立て―――騒乱は始まった。
「テメエ!!」「こいつっ!!」「ざけやがって!!」
取り巻き連中が次々と立ち上がり、小生意気な小娘を取り押さえようと顔を朱に染めて襲いかかる。
怒りに任せて少女に手を伸ばす屈強な男達の群れ―――しかしコトナは怯えもせず逃げもしなかった。
「!!」
避ける。かわす。あしらう。受け流す。払いのける。
次々に伸ばされる手が、振り回される腕が、床を踏みならす足が、ことごとく空を切って少女には届かない。
「!?」
逆に少女の手や足は男達の急所を捉え続けた。
掌底が綺麗に顎先を捉えてその先の脳を揺らす。肘が鳩尾に吸い込まれる。踵が足の甲を痛打して膝が股間を容赦なく直撃する。
十数人の男を相手にして、コトナは一歩も引かなかった。
アイアンロックでたたき込まれた素手での格闘技能を存分に発揮し、男達を翻弄し、短く鋭い一撃を与え続けた。
テーブルがひっくり返り、椅子が蹴り飛ばされ、皿やらグラスやらが立て続けに宙を舞っては中身ごと床に転がった。
悲鳴と怒号が重なり、落ちては割れて砕ける音が混乱を彩り、重なる音と声がさらなる混乱を呼ぶ。
その騒乱の中で、少女の身体は華麗に躍り続けた。思うがままに舞い踊り、想いのままに躍動した。
自分の中の大切なものを守るために。大切なものを傷つけようとした相手を裁くために。
「何も知らないくせに、勝手なことを言わないでよ!」
ソウルタイガーがどんなに迅くて強いか知らないくせに。
セイジュウロウがどんなに迅くて強いか知らないくせに。
セイジュウロウとソウルタイガーがどんなに迅くて強くて綺麗なのか知らないくせに。
その迅さと強さにどんなに自分が魅せられて、惑わされて、夜も眠れなくなるぐらい胸を熱くさせられたか知らないくせに。
「ここののことを何もわかってないくせに、何を好き勝手言ってるのよ!」
伸びやかな手足を思い切り動かしながら、瑞々しい四肢を艶やかに躍らせながら、コトナは身も心も激情に燃やしていた。
取り巻き連中をあしらい、翻弄し、叩きのめしながら、全身を駆けめぐる熱さに任せて躍り続けた。
溢れた熱さが瞳から零れて、頬を濡らしていることに気づいてはいなかったが。
「ふざけてるのはあんた達よ! 井の中の蛙はそっちよ!! 三流以下はあんた達よ!!!」
耐えられなかった。悔しかった。許せなかった。
大切なものを汚されたことに。
大切なものを汚そうとした連中に作り物とはいえ笑顔を向けなければいけなかったことに。
汚そうとした連中を止められなかったことに。
その連中にこうして「後から」戦いの技術を振るうしか出来ないことに。
―――その連中を止めきれないという現実が存在することに。
「! ! !」
コトナの戦闘技術は十分に賞賛に値するものだった。その動きは十分に速かった。十分に鋭かった。
だが、絶対的な威力が欠けていた。
少女の腕は屈強な男を叩きのめすには細すぎた。艶やかな太腿には男の脚を払う力はあっても昏倒させる力はなかった。
腕力と体重の差はあまりにも絶望的で―――何より人数の差が大きすぎた。
無様に床に転んだ男に止めを刺す前に次の男の相手をしなければならなかった。ダウンは奪えてもダウンさせ続けることが出来なかった。
コトナは決して捕まらなかった。突きも蹴りもかわし続けた。
逆に男達を何度となく鋭い攻撃を加えては悲鳴を上げさせ、うめかせ、その顔と身体を痣と擦り傷と切り傷で埋め尽くした。
だが、気がつくと、少女は男達の群れに壁際に追い詰められていた。
怒りに震えていた肩は疲労で大きく上下するようになり、乱れた息が豊かな胸を望まぬ形で揺らし、
愛らしい頬は汗と涙に濡れて汚れてしまっていた。
少女が小癪な敵から力を使い果たした獲物に変わったことを確かめた男達がようやく余裕を取り戻し、
その表情を歪ませ、乱杭歯の間から加虐心と欲望に染まった吐息を遠慮なしに吐き出すようになる。
「このガキ、随分と手こずらせやがって」「さあ、どうしてくれようか」「ちょっとやそっとじゃ勘弁ならねえな」「簡単には許さねえぞ」
取り巻き連中が舌なめずりする。
年齢の割には随分と成熟した肢体を乱れた衣装でどうにか隠している美しくも艶めかしい少女を、まずは正面から視線で汚す。
その視線の先で追い詰められ、孤立し、呼吸を乱している少女はそれでも敵意も戦意も折らずににらみ返すが、
その凛とした態度は男達にとって猫のし嗜虐心をくすぐる哀れな窮鼠の無駄な抵抗にしか見えなかった。
「………ボス、どうしやすか?」
取り巻きの一人が後ろを振り返り、乱闘騒ぎの中でも席を立たずに飲み続けた「それ」に声をかける。
小娘一人を追い回すのは部下に任せて十分とある種の威厳のようなものを見せていた「それ」は、初めて笑みの形に口元を歪めた。
「客の扱いを知らない店員には、それなりの教育をしてやらんとな。
礼儀知らずのじゃじゃ馬には、きっちりお仕置きをしてやらんとためにならん。
ちと面倒だが、俺様直々に躾けてやるとするか」
大物ぶった緩慢な動きで、「それ」が席から立ち上がる。
追従の笑みを顔中に貼り付けた取り巻き連中が、「それ」と少女の間に道を造るように移動する。
「それ」の視線が少女の姿を正面から嬲ったとき、コトナの背中に初めて嫌な何かが走った。
悪意そのものの視線を浴びせられて、心の中で身体を支えている何かが軋んで悲鳴を上げた。
何か大切なものにひびが入りかけた―――そのとき。
「よせ」
風が吹いた―――そう感じた。
涼やかで心地よい何かが、少女の頬にそっと触れた。
「!」「?」「!?」
取り巻き連中が思わずその方向に顔を向ける。「それ」が笑みをかき消してそちらを向く。
店にいた全ての人間が、ささやき声にも等しいその声に意識を奪われた。
その視線の先には、一人の剣士がいた。剣を背負った薄い水色の髪のゾイド乗りがいた。
「!!」
揺れかけたコトナの瞳に、セイジュウロウの姿が映っていた。
後書きのようなもの
これからは出来れば週2回、それが無理でも何とか週1回+αでアップしていきたいなあと。
色々な意味で順調に遅延気味であることはどこかに忘れておくことにして。
Naked Blasde 9
カグラックのコトナの終わりの始まりは、一人のゾイド乗りの登場によって始まった。
今になって思い返してみると、そのゾイド乗りは何処かガラガに似ていたように思える。
――――――だからこそ、コトナはガラガを好きになりきれなかったのかもしれない。
腕のいいアイアンコング乗りで。
傭兵隊長として何人もの部下を率いていて。
筋骨隆々たる力自慢の大男で。
そう言った部分は、確かにガラガと共通する部分があったから。
ガラガのような度量の広さや素直さの代わりに傲慢と強欲と冷酷さを身体一杯に詰め込んだような男で、
金と女に飢えた目にしか世界を映せない下種野郎で、酒と脂で饐えた臭いを周囲にまき散らさずにはいられない
少女の理想とはまさに対極に位置する存在だったとしても。
その男――――――男と言うより「それ」としか呼べない存在についてガラガには一切の責任も罪もないし、
ガラガと「それ」を同一視することは明らかにガラガに対して失礼であることも理解している。
しかし、今よりずっと幼くて、それ故に純真だったカグラックのコトナにとって、「それ」の印象はあまりに強すぎた。
その外見は半ばトラウマとなって少女の心に焼き付けられてしまった。
「コング乗りの大男」に対する第一印象は、髪が腰まで届いていないコトナの中に決して消えない跡を残していた。
「それ」がコトナの店に姿を現したのは、年大会の本戦が始まる日を翌日に控えた夜のことだった。
下卑た笑い声を無遠慮にまき散らしながら、愛想笑いを顔一杯に貼り付けた取り巻き連中を引き連れて
「それ」が店に足を踏み入れたとき、
コトナは自分の顔が自動的に営業用の微笑みを浮かべることに成功しなかったことを自覚せざるを得なかった。
周囲の状況を全く考慮していないことが明らかな無駄に騒がしく荒々しいその振る舞いは、
少女の美意識と見事に相反するものであったから。
発情した野良犬の唸り声よりも耳障りな会話とも呼びたくない言葉のやりとりに耳をなぶられながら、
それでも店一番のウェイトレスとして評価されつつある少女は自分の義務を果たすことには成功した。
人数を確認し、有る程度の注文内容を承知し、席に案内して――――――むき出しになった二の腕や大きく開けられた背中、
視覚的効果を最優先にされた短いスカートから覗く太股を舐り回すような視線にさらされることにも外見上は見事に耐えた。
走って逃げ出したくなる衝動を抑えて一礼してから背を向けた直後、
嘔吐感すら催すような手つきで腰から太股まで撫でられたときには思わず全身を硬直させてしまったけれど。
そのまま振り向きざまに股間を蹴飛ばそうとする衝動を抑制するのにはかなりの努力が必要だった。
餓死寸前まで飢えた獣より小汚く料理を食い散らかし、
まき散らす唾と零した酒でテーブルと床を汚すのがマナーだと信じ切っている連中が
大騒ぎと無礼さには慣れきっているカグラックの人間すらドン引きさせる乱痴気騒ぎを繰り広げる様を見せつけられながら、
それでもアイアンロックで育ったコトナの一部はそこからの情報収集を無意識のうちに怠ろうとはせず、
街中で耳にした話や大会本部からの発表などから入手した情報とつきあわせて整理することを怠ろうとはしなかった。
「それ」は普段は北の地方で活動している傭兵隊らしいこと。
傭兵隊としてはかなり戦力は充実していて、数機の大型ゾイドに十数機のバラッツを有していること。
その隊長である「それ」の操るゾイドはアイアンコングといって、特にパワーに優れた強力な機体であること。
「それ」自身も凄腕と呼んでおかしくない実力の持ち主で、
年大会予選の最終戦では前大会の準優勝ゾイド――――――セイジュウロウに
7連覇の栄誉を捧げることになったケーニッヒウルフを、
セイジュウロウが決勝で必要とした時間の半分も使わずに叩き潰したこと。
そう言ったことがどうやら事実であるらしいことを、コトナの理性は確認し、掌握していた。
取り巻きの一人が前払いとして渡してきた渡した金袋の大きさと重さ、
それからの店主の異常なほどの腰の低さと満面の愛想笑いから、
その一団が少なくとも金払いは悪くない客だと言うことも理解していた。
金銭収支ただ一点に集中し、美意識と自尊心を一時的に忘れ去って商売に徹すれば
決して悪い客ではないということも分かっていた。
しかし、そうした大人の姿勢を徹底するには、当時のコトナは若干幼すぎた。少女であることに徹しすぎていた。
酒や料理を注文する品性を忘れた声で鼓膜を嬲られることには耐えた。
劣情に濁った目でなめ回されるように全身を眺められることにも我慢した。
思わず踏みにじりたくなるような手を胸や脚に伸ばされても、
ウェイトレスとしてふさわしい動きで回避するだけに努めて反撃は自粛した。
表面だけを汚そうとする行為には、作り笑いを引きつらせながらもどうにか自制心を機能させ続けた。
しかし、心の中まで踏みにじろうとされたとき、少女は世慣れたウェイトレスではなく少女そのものであることを選択した。
「………しかし、カグラックのゾイドバトルとやらも噂ほどじゃねえようですな」
大騒ぎの中で取り巻きの一人が「それ」に向けた言葉の一つが、コトナの自制心に最初の罅を入れた。
その一言から「それ」への強さの賞賛、「期待はずれ」の予選の「容易さ」、
「ふがいない」対戦相手への罵倒と取り巻き連中の話は続き、
やがてそれは「「それ」の優勝は確実」という聞くに堪えない追従の連続と繋がっていった。
「前回の準優勝とやらがあの程度じゃ、大会のレベルもたかがしれている」
「優勝者だか何だか知らないが、あの程度の相手に苦戦するような奴の実力など知れたものだ」
「ボスが出ていなかったから運良く勝てただけで、ボスが相手なら瞬殺されて終わっている」
「二流三流が泥にまみれて噛み合ったところで価値などない。へっぽこの中で一番を決めたところで何の意味がある」
「所詮、井の中の蛙同士の馴れ合いに過ぎない。俺たちが本当の実力という奴を教えてやらんとな」
自画自賛とカグラックそのものへの罵倒でその一団が気勢を上げ、耳障りな笑い声を無遠慮にばらまく。
店内にいた他の客――――――店の常連であるカグラックの住人やゾイド乗りの中がさすがに眉をひそめ、
中には気色ばむものも現れる。しかし、その連中――――――特に「それ」が予選で圧倒的な実力を見せたことと、
前回の準優勝者が完敗を喫したこと、何より人数という物理的な力がその動きを制していた。
だが、一人の少女だけが、表情を消したまま動き出そうとしていた。
配下からのお世辞とほめ言葉に無様に頬を緩めていた「それ」が、大ジョッキのエールを一息で空けて酒臭い息をまき散らした。
「………聞いた話だと、7連覇とかふざけたことを抜かす野郎がいるようだが、そいつにも現実とやらを教えてやらんとな」
「この程度の大会だろうと、カグラックのゾイドバトルと言えば大陸一番の大会として有名だ。
その大会で偽物が何度も勝ち続けるなんてのは、さすがに看板に偽りありだ。この俺様が本物の大会にしてやる必要がある」
「三流同士のバトルごっこでも、7回も勝てばさすがに満足してるだろうよ。ここらで一つ本物のバトルってやつを教えてやって、
史上最強のゾイド乗りとやらの化けの皮をはがしてやる。貧弱タイガーなんざ踏みつぶすのに1分もかからね――――――」
ぱしゃり、と言う小さな水音が、店の空気を凍り付かせた。
色々な意味で落ち着けません
出張準備やら何やらで落ち着いてパソコンの前に座る時間がなかなかとれず、
座れたとしてもいまいち集中できずに妄想機関が不完全燃焼を続けてしまっています。
出張前にはどうにか1本はアップしたいと考えてはいるので、もう少しの間生暖かく見守ってもらえると幸いです。
