今年(2022)の3月半ばのある日。

体調を崩して緊急入院した母の主治医から電話が来た。

そろそろヤマ場なので来てほしい、つまり亡くなるかもしれない状況にあるというニュアンスだった。

 

母は入院して数日後に同じ病室の入院患者から新型コロナをうつされた。(院内感染)

ワクチン接種をしていたので、肺炎も熱・咳もいっさいない無症状感染者で、やがてPCR検査でも陰性となり隔離病棟から戻ってきた矢先のことだった。

 

「申し上げにくいのですが、脳梗塞を起こしてしまいました。」

 

主治医は母の脳梗塞の原因はよくわからないが、もしかすると新型コロナに感染した後遺症で血栓ができやすいことが関係しているのかも知れないと説明した。

 

母は意識はあるものの、脳梗塞の影響でしゃべることが全くできなかった。

 

「お袋。俺だよ、わかるか? 苦しくない?」

 

母は私の姿を見ると涙を浮かべて、必死に何かを訴えようとしていた。

見ると母の身体のあちこちにコードや点滴チューブがつながれていて、身動きできない状態だった。

途中、看護師がやってきて、私に言った。

 

「高齢の方、特に女性は血管が細くてもろいので点滴とかの針は激痛なんですよ。」

「お母様はそのせいか看護師を見ると怖がるようになってしまって・・・」

 

看護師の言葉を聞いて、私は母の耳元で大きな声で尋ねてみた。

 

「お袋、点滴の針痛い? 痛いの嫌だね。もう、家に帰ろうか? 」

 

すると母は頷くような仕草をした。顔をしかめて、私の手を握り必死に何かを訴えようとしていた。

 

「わかったよ。家に帰ろう。」

 

突然食べなくなって衰弱したため緊急入院した母。

あろうことか入院先で新型コロナに院内感染し、今度は脳梗塞で会話もできなくなった。

病院でチューブ類につながれ、身動きできない状態の母。

もう、母は寿命なのかも知れない。

だとしたら、人生の最後ぐらい人間らしい扱いで自宅で看取ってやるのがベストではないか。

私はそんな感傷に浸った。

 

そして、私は母の住み慣れた家で母を看取ることを決心した。

 

「ポート栄養(中心静脈栄養)はしません。母を自宅に連れ帰ります。」

 

主治医にそう伝えると、主治医は大きく頷いて「ご家族の決断を尊重いたします」とだけ言った。

私はその日から母を看取るための準備に明け暮れた。

看取るというのは存外、大変なことだという認識がこの時は欠けていた。