居酒屋でお酒を飲んでざっくばらんに語って話し倒して、閉店時間じゃ収まりきらず駅のベンチで飲み物買ってまた語った。
これが青春じゃなかったら何だろう。
話してて同時に、とても懐かしくなった。
2.3年前の、仕事が楽しくて仕方なかった頃。
とても久しぶりにその感情が蘇った。
私の現役の頃の記憶は、本当に苦しいものばかりだった。
しんどくて嫌で辛い思い出、
上手くいかなかったやり取りなとが
頻繁に思い出される。
でも、そうではなかったなと。
楽しくて仕方のない日々も確かにあった。
それを思い出しました。
と同時に、希望を感じた。
あぁ、この感覚を思い出せるほど今の自分は回復しているな、と。
そして、もう逃げてる場合ではないと思った。
この1年間、休みを貰いながら色々なことを考えてきたけど
正直なところ、私がやりたいことをどこでどう実現していくべきなのかは、未だに見えていない。
あと10年しても見えるかどうか分からない状態だ。
それほど国の流れが遅れている。
勿論私自身に国や教育制度を変える力はない。
ではどうすればいいのかと相談したときに、
言われたのは「少しでも理想に近い環境に行くこと」
全部とは言わないが、少しでも自分と通じる場、話のできる場に身を置けば随分あなたは楽になるはずだと、言われた。
その通りだと思ったが、同時に矛盾も感じた。
私の求める教育は、私立のような限られた学校で行うべきものではなく、もっと公の場で誰でも受けられるものにしなければならない。
それを受けられない子たちが困っているのであって、助けが必要なのだ。
それなのに、学校の価値観に合った子達が学ぶ場で教えるのは、楽をしているのではないか?
公の場こそ必要な教育であり、誰でも受けられる場所でその教育を行いたいのに、楽になるために私立に行くのか?
そして、私が望むインクルーシブ教育は、恐らく本当の意味で実現している私立の学校などない。
入学の時点で限られている子たちに、本当の意味でのインクルーシブ教育は可能なのか。
まぁ可能であることはあるが、私の考えるインクルーシブ教育は全ての子供達であって、限られた子供たちではない。
この点に非常に矛盾を感じる。
そう考えると、やはり一番この教育を必要としているのは公立の学校なのだ。
しかし、今の公立小学校は全くと言っていいほどインクルーシブ教育とは程遠い現実がある。
程遠いと言えば聞こえがいいほど酷い。
むしろ逆走している。
学校は今や差別と人権侵害の温床と言っても、私は過言でないと思う。
それくらいに酷い。
当時の私にはそれが耐えられなかった。
どうしても許せないことが、日常の中であまりに起こりすぎて、私にはどうすることもできなければ、もう目の前の子供を見る余裕も、自分を省みる余裕もなかった。
しかし、昨日由香さんと話してみて、今の学校は前の私のいた頃とは少なくとも違うらしい。
もしの話だが、私が当時どうしても許せなかった情緒学級の新設の立ち上げに加わり、そのまま教員を続けていれば、もしかしたら見えてくる景色は違ったかもしれない。
救われたかもしれない、とさえ思った。
それほどまでに人が変わっている。
これはもしもの話なので、現実にはないのだが、もしあのまま復帰していても、同じように辛くてどうしようもない日々ではなかったかも、とは思う。
だが、私は今この1年間で得たことも非常に多いと感じているので、それは簡単には断言できないだろうと思う。
例えば今のように、自分の目標ややりたいことが明確でなく、自信を失った状態で続けていたら、きっとまたどこかで同じ壁にぶつかるだろう。
当時の私には、現役を続けながら自分の目標を振り返る時間や余裕などなかった。
何だか分からないが、本当に目まぐるしいほどに忙しかった。
目の前の子どもをしっかり見れていないと感じるほどに、他の何かで忙しかった。
そしてまた、子供を見れていないと感じるから、やるせなくて、なぜだか分からなくて、ただただ自信を失くしていった。
情緒学級の立ち上げ、という言葉に、惹かれなかった訳ではない。
これは今のこのどうしようもない現状を変えてくれる光かも、と思いはしたが、もうその頃には公立学校の問題や限界を感じていて、怒りしか湧いてこなかった。
私は特別支援という言葉で子どもを分ける現状には大いに反対する。
子どもたちをベルトコンベアにのせて大人たちが勝手に障害あり、なしで分けている現場など胸糞悪くなるくらい嫌いだ。
だがこの現状は今も続いている。
そして、それを上手く打破する方法は今知る限りでは見当たらない。
大空小学校を作った木村先生が、なぜその実践を他の学校でならさないのか、もしくは第二の大空を作っていかないのか、疑問だった。
しかし今調べていて、恐らく木村先生は第二の大空小を作ることは考えていない。
代わりに全国を回って、講演会をして訴えている。
そこに留まっている。
正直それでは変わらないと思う。
モデル校をもっと作るべきだし、
その方法を現場の教員に任せるのでは乱暴である。
現場の教員にはそんな余力はない。
当時の私にはなかった。
問題や壁、これは自分ではなく学校側のこれらに気付いた時、これを変えようとする力はとてつもなく大きくなくてはならない。
一人では無理だ。
だが、一人でもいいからその視点をもって教育と、学校と向き合ってくれと言う。
乱暴だ。
無理だ。
でも現状、それしかない。
ならばやってみるしかないのでは?
私にはもしかしたらそれができるのでは?
様々な問題を抱える学校を、少しずつでも変えていくために行動することが、今の私にはできるのでは?
できるかどうかは分からない。
正直しんどいだろう。
でもこれはずっと無くならない問題だ。
子供と関わっている限りずっと付き纏うものだろう。
ならば一度、向き合ってみては?
全てとは言わない。
一度に全てを打破するのはむりだ。
それでも少しずつ、少しずつでも挑戦してみるのは?
変わらない現状を嘆くのではなく、
その中でもできることから挑戦してみては?
その活力が昨日、自分の中にあるような気がした。
まだ分からない。
言葉にするほど簡単ではない。
また私は疲れてしまうかもしれない。
でも、誰も立ち上がらないのなら、
この学校という狭い世界の中で、
自分だけでも立ち上がってみたら?
それが実は、一番私の理想を実現するのに近いことなのでは?
そんな気付きを得た昨日でした。